安房のあらまし » ページ詳細

=落下傘兵から山頭火の版画家へ=

●秋山 巌 / 1921(大正10)〜2014(平成26)

20歳で落下傘部隊に参加。館山での訓練中に落下傘が開かずに墜落したり、着地できずに館山湾に落下し溺れたりと、事故死した仲間もあり、無事に降下できると10円が支給されたという。1943(昭和18)年3月、館山海軍砲術学校にて陸上戦闘の訓練を行ない、5月にはアッツ島の戦いに伴い精鋭300人の「白菊部隊」が編制されたが作戦中止となり、潜水艦コマンド部隊に改編され、チューク(トラック)・ラバウルを経てサイパンで終戦を迎え、連合軍のオーストラリア兵の捕虜になったという。

戦後は、太平洋美術学校で坂本繁二郎に師事し、後に棟方志功の門下生となり、棟方を見出した柳宗悦や河井寛次郎らの薫陶も得ている。山頭火やフクロウをモチーフにした版画は、墨絵の印象に近い作風が高く評価され、イギリス大英博物館にも展示されている。

16年1月11日 14,212

特定非営利活動法人(NPO) 安房文化遺産フォーラム

旧称:南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム(2008年5月に現在の名称に変更)

〒294-0036 千葉県館山市館山1016-1さらしな館

Copyright (C) 2007 bunka-isan.awa.jp All Rights Reserved