房総半島から200km沖合の日本海溝は、2つのプレートがぶつかりながら地中へもぐりこんで形成されている。その影響が最も大きい房総半島先端の館山は、国土地理院によると日本で一番隆起しているといわれる。実際、市内の至るところで斜めの地層や段丘を目にすることができる。100〜200年のサイクルで起きる大地震や津波のたびに、経験ゆたかな先人たちは助け合い、困難を乗り越えてきた。安房に多くみられる棚田は、地すべり地帯の復興と災害防止の知恵でもある。館山では、地震で竜木した砂丘列ごとに集落や新田が開発され、海岸に平行してまち並みが形成されてきた歴史がある。
JR館山駅から市立図書館に向かう路地に、「サイカチ」と呼ばれる老木がある。せまい通りを占領するじゃまな存在と見られがちだが、なぜ今まで伐らずに残されてきたのだろうか。サイカチは「皀角子」「皀英」と書かれ、発音が「再勝」に通ずるため、縁起の良い木として大切にされてきた。また幹や枝に鋭いトゲがあるので、門や柵の周囲に備え、転じて鬼門除けの木とされたという。
もっとも重要なことは、いざというときに葉が食用、実が洗剤、さらにはトゲが解毒剤になり、日々の生活のなかにとても役立っていたことである。この木によじ登って津波の難をのがれたという元禄大地震の逸話も残っている。まちなかの歴史・文化を見直すとともに、先人たちが「サイカチの木」を通じて、私たちに語り伝えたいと願ってきたことに耳を傾けてみよう。
...◎あわ・がいど③『海とともに生きるまち』より抜粋...