ミニコミ誌『0470-』43号
people 池田恵美子さん
インタビュー・写真・文=菅野博 (2018.1.31号)
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*変人教師ネットワーク
40歳を目前にして突然、過呼吸に襲われました。当時は、東京で幼児の右脳教育や心療内科のカウンセラーをしていたのですが、自分自身がパニック障害と診断され本当に驚きました。しばらく友人宅や温泉診療所で静養した後、生まれ故郷の館山に戻ってきました。海を見て深呼吸し、自然の中に身をゆだね、ヨガや坐禅でリハビリしながら、ライターや編集の仕事から復帰しました。その取材で出会ったのが、ダイバーの成田均さんや高校世界史教師の愛沢伸雄さんでした。
かつて、私は映画「地球交響曲(ガイアシンフォニー)」の上映に関わっていました。各分野で活躍する人の生き様を通して、自然の摂理を紹介したドキュメンタリーです。この三作目に登場していた伝説のダイバー、ジャック・マイヨールは成田さんの親友でした。ジャックは、海と一体になることを通して全ての生命が一つであると実感し、イルカから平和的な生き方を学びました。
ある日、映画監督の龍村仁さんが館山を訪れ「今の時代は多くの人が目先のことや常識に捉われて、大切なことを見失っている。ジャックのように個性的な生き方をした人は変わり者に思われがちだが、共通して自然界から大切な智恵を学んでいる。そのことを伝える変人教師ネットワークが、これからの未来に必要だろう」と。
それから数か月後、愛沢さんから「ガイド団体を立ち上げたいので手伝ってほしい」といわれました。安房の戦争遺跡を平和学習の教材とし、調査保存に取り組んでいた愛沢さんの活動は、広島原爆ドームの世界遺産登録より5年も早かったため、花と海の観光地に戦争のイメージはふさわしくないと、なかなか理解されず困難の連続でした。地道に戦跡のフィールドワークや調査報告会を展開し、全国ネットワークの応援団や市民の理解が広がり、2004年に赤山地下壕跡が一般公開されました。各地からの平和学習ツアーが増えたため、私が事務局長となってNPO法人安房文化遺産フォーラムを発足しました。市民ガイドとして活躍するNPOメンバーは、まさに変人教師ネットワークそのものです。
*館山まるごと博物館
逆さ地図で見ると、安房は日本列島の頂点に位置し、東京湾の入口にあたります。古くから支配権力の影響も大きく、重要な戦争遺跡や中世城跡がたくさん残っています。城山公園は遊び場で、「南総里見八犬伝」は知っていても、大名里見氏の歴史は知りませんでした。ましてや館山が、戦争において加害の訓練地だったことや、本土で唯一占領軍による直接軍政が4日間敷かれたことなど、学校で教わったこともありません。
その一方で、江戸初期に古ハングルが彫られた平和祈念の石塔や、清国貿易船の遭難救助を記念した日中友好碑があります。海を通じて人びとが交流し共生した証です。そればかりか、戦争末期の花作り禁止令のもと農婦が命がけで花の種子を守った話や、関東大震災後に各地で朝鮮人虐殺事件が多発したとき安房では朝鮮人を保護した話など、誇らしい実話がたくさんあります。
いつもと違う視点で足もとの地域を見つめ直すと、安房の先人が育んだ〝平和・交流・共生〟の精神を学ぶことができます。安房文化遺産フォーラムは「館山まるごと博物館」として文化遺産を後世に伝え、市民が主役のエコミュージアムまちづくりを進めています。
*布良という聖地
館山市最南端の布良は、神話のふるさとです。マグロはえ縄発祥の漁村で、遭難事故が多く、漁師の魂が赤く輝く布良星伝説もあります。明治の天才画家・青木繁が重要文化財「海の幸」を描いたことから、画壇の聖地とも呼ばれています。
青木が滞在した小谷家住宅は、全国の著名な美術家の方々と一緒に約5千万円の修復募金を集め、青木繁「海の幸」記念館としてオープンしました。土日の開館と、平日は団体の予約のみですが、年間3千人が来訪しています。地域住民の皆さんは、記念館の受付や環境整備、布良崎神社のガイドなどいきいきと活動しています。
こうした活動のなかで、明治期の村長・神田吉右衛門のことが明らかになりました。アワビ漁を村営化し、その共有財産で漁具の改良や遭難救助、道路や漁港の整備のほか、病院や学校を作ったというのです。神田村長の顕彰碑がある富崎小学校は、残念ながら廃校となってしまいましたが、コミュニティの心の拠り所として、まちづくりセンターのような活用ができないかと考えています。
*未来型のむらづくり
「進化の過程で兄弟であったイルカは精神文化を発達させ、人間は物質文化を発達させた。母なる地球を壊しているのは末っ子の我々人間ではないか」「もし人間の思考と精神に、イルカ達のインスピレーションが少しでもあったら、傷ついてしまった共通の惑星地球はまたパラダイスに戻るだろう」
こんなジャックのメッセージを具現化し、人間と自然が調和した持続可能な循環型社会を目ざして、「一般財団法人あわ」を立ち上げました。成田さんが理事長となり、設立者は愛沢さんと私、青木繁「海の幸」誕生の家を保存する会会長の嶋田博信さん、安房自然村社長の豊田晁さん、精神科医の渡辺克雄さんの6人です。安らぎの家を意味する安房の地名は、五十音の最初と最後の音として調和のとれた言霊です。海中深く生命の源となる「泡」をもあらわし、穀類のなかで最も小さく最もエネルギーのある「粟」に通じ、未来型のむらづくりにふさわしいと考えて命名しました。まず布良の安房自然村を舞台に、人びとが心身ともに癒されて活力を取り戻す森づくりを始めています。将来はアワビ海洋牧場を展開し、豊饒の海を蘇らせたいと願っています。
【プロフィール】
池田恵美子 いけだえみこ
安房高校、フェリス女学院大学卒業。12歳でハワイのジュニアスクールに参加。真珠湾攻撃の史実に衝撃を受けると同時に、ハワイの自然や歴史文化を学び、学校外の教育を志す。金融業に12年、社会人教育会社に2年勤務後、フリーとなる。心理学や禅を学び、スペインのベンポスタ子ども共和国やインド、沖縄などをめぐり、教育・文筆・講演・旅行企画など他分野の生業に携わる。体調を崩して館山に戻り、『南総ふるさと発見伝まほろば』誌の編集長を経て、NPO法人安房文化遺産フォーラム事務局長となる。