地域の宝を発掘して、人々を巻き込むまちづくり
—館山まちづくり実践レポート—『創年時代』№2(2007.6.1発行)
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◇高校の授業からはじまった地域の魅力再発見
世界史の高校教員だった愛沢伸雄先生が、南房総・安房地域において埋もれた歴史に光を当てて、「足もとの地域から世界を見る」授業を実践したことからすべては始まりました。
地図を逆さまに置いて見てみると、日本列島は「へ」の字型に太平洋に突出していることが分かります。その頂点にあたる房総半島先端部は、古代から海上交通の要衝として、海洋民が交流・共生をしてきた地です。同時に、中央の支配権力にとって戦略的な重要拠点でもあり、その最たる象徴が、戦争遺跡といえます。終戦直後には米占領軍が上陸し、本土で唯一「4日間」の直接軍政を敷かれた地であったことも、消された歴史です。また、日本で一番隆起している南房総は繰り返し地震にも見舞われ、元禄地震や関東大震災ではほぼ全壊し、津波の被害もあったのです。逆さ地図の視点で見直すと、新しい「地域像」が見えてきます。それは震災や戦乱を乗り越えてきた先人たちの姿です。
愛沢先生の授業を受けた千葉県立安房南高校では、地域に根づいた学習で洞察力や国際視野を養った生徒たちが世界に目を向けるようになり、アフリカ・ウガンダの戦災孤児たちを支援するバザーを開いて送金を始めました。この活動は生徒会として引き継がれ、10余年続いたとき、ウガンダに同名の「安房南洋裁学校」が設立されたのです。これらの授業実践や活動報告は歴史教育者協議会などを通じて全国に広く知られ、館山への戦跡スタディツアーが訪れるようになりました。
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◇創年が活躍する地域社会
「戦後50年」を期して、地元でも知られていなかった戦跡をもっと見直そうという機運が市民のなかで広がりました。同じ頃、里見氏稲村城跡も公共事業による破壊が計画されていたのですが、文化財として後世にのこそうという市民の想いが高まりました。放置され荒廃していた戦跡や城跡の薮や草を刈り、調査研究を重ね、ウォーキングや勉強会、シンポジウムなどを繰り返し、保存運動は地道に続けられました。
10余年にわたる市民運動は功を奏し、2004年には館山市の代表的な戦跡である「赤山地下壕」が平和学習の拠点として一般公開され、翌年には市の指定文化財となりました。これを機に、「館山地区公民館戦跡保存調査サークル」と「里見氏稲村城跡を保存する会」という二つの任意組織を母体として、NPO法人が誕生しました。現在では稲村城跡も自治体によって保存が表明され、念願だった国指定文化財に向けて調査が始まっています。
この地域に暮らした先人たちは、どのような想いで、どのような知恵を結集し、どのようなコミュニティを形成してきたのか。私たちの活動は人びとから忘れ去られた歴史をひもとき、調査研究を重ね、地域のストーリーテラーとしてガイド事業や講演、ガイドブック等書籍の発行をおこなっています。全国から来訪するスタディツアーは、年間約200団体、延べ4000名を案内しています。さまざまな活動を通して足もとの地域を再発見した創年たちは、さらに地域を学び、イキイキと誇らしげに地域のウンチクや自らの体験を語っています。
2006年夏、大正期の銀行建物を活用し、創年のたまり場を開設しました。オーナーが亡くなってから十年間放置され、潮風で傷んでいたのですが、創年たちは手弁当で修繕塗装し、白亜の洋館を蘇らせました。オーナーの名にちなみ、「小高熹郎記念館〜たてやま海辺のまちかど博物館」として、命が吹き込まれたのです。
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◇地域の歴史・文化を伝える「まちかどミニ博物館」
フランスで提唱されたエコミュージアムという考え方があります。海に囲まれた南房総・安房地域は、豊かな歴史と自然に満ちた「地域まるごと博物館」そのものです。海とともに生きた先人たちの営みを知ると、この地に暮らす誇りが生まれてきます。「地域まるごと博物館」の学芸員ともいうべき語り部は、そこに暮らす創年たちです。この地を訪れて地域について学んだ人びとが自分のまちに帰ったあと、改めて足もとの地域を再発見し、全国各地で「地域まるごと博物館」の機能が輝きだしたら、どんなにステキなことでしょう。
そのモデルコースとして、市内10数キロに点在する重層的な歴史・文化・自然遺産をめぐるガイド解説つきポイントラリー「里見ウォーキング」を七年間続けてきました。JR館山駅を起点とし、明治・大正期の産業振興や震災復興の歴史・文化が学べる「まちなかエリア」、里見氏ゆかりの寺社城跡や遺構がある「城山公園エリア」、東京湾要塞の戦跡や米占領軍上陸地点などが密集し平和学習の拠点となる「赤山地下壕エリア」、歩いて渡れる無人島として貴重な自然遺産ののこる「沖ノ島エリア」、近代水産業発祥の地として重要な役割を果たした「北下台エリア」を経て、再び館山駅が終着点です。
今春、私たちは「まちなかエリア」で空き店舗や既存店の協力を得て、地域の歴史・文化を紹介する「まちかどミニ博物館」を六軒開設しました。JR六社が全国展開する観光キャンペーン(ちばDC)の3ヶ月間にわたり、毎週末、緑ジャンパーを着た創年がまちなかを闊歩し、地域活性化に一役買ったのです。ここには千葉県立安房水産高校や国立館山海上技術学校、さまざまな市民サークルが参画し、生徒やOB会や市民らが来訪者をもてなし、授業成果や作品などを誇らしげに語る姿があちこちで見られました。何10年ぶりという出会いも起き、地域活性化の種子が芽吹き始めています。
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◇未来に夢と希望を
地域コミュニティの絆が薄れ、少子高齢化も進み、社会には不信がうずまき、学校の閉塞感も否めない現状がありますが、安房地域はもともと教育を重視した社会性がありました。もう一度その精神を取り戻し、子どもたちに夢と希望にあふれた社会を手渡すことを意図して、「地域まるごと博物館」を横糸とし、人材育成としての「創年市民大学」を縦糸に据えた地域づくり構想を展開したいと願っています。
ここでは、地域を語るガイドばかりでなく、たとえば日本三大産地である房州団扇などの伝統技術を継承する人材や、持続可能な社会を実現するためのオピニオンリーダーを育成し、それぞれが主役となって得意分野を活かした地域社会を目ざしたいのです。できることなら、来春廃校となってしまう安房南高校の木造文化財校舎を活用し、地域で培った建学の精神を次世代に受け継いでいきたいと切望しています。
市民と学校と企業と行政が連携を図り、「新しい公共」を創りだす創年時代の幕開けです。全国の創年仲間のみなさん、ともに手をつなぎ、力を合わせましょう。