「安房・地域まるごとミュージアム」構想とNPO活動
愛沢伸雄 ≪NPO学習会資料 2005年3月≫
はじめに
「エコミュージアム」とは、1971年にフランスで提唱された地域全体を「地域まるごと博物館」と見立てて、地域にある魅力的な自然遺産や文化遺産を再発見するとともに、学習や研究保存、展示活動などを通じて、地域住民が主体となって「地域づくり」に活かしていく仕組みと活動である。
いま「NPO法人南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム」では、南房総・安房の特性を学ぶなかで、「『平和・交流・共生』という視点から『安房・地域まるごとミュージアム』構想」を検討し、地域コミュニティの再生を念頭においた「地域づくり」活動をすすめている。
1. NPO法人の活動目的と活動内容
海に囲まれた房総半島南部・安房の歴史をひもといてみると、古代より人びとが交流・共生し、戦乱や災害などを乗り越え、豊かな地域コミュニティをつくってきた地域である。近現代では、日清・日露戦争からアジア太平洋戦争にいたるまで、東京湾口部を防御する東京湾要塞房総地区として、重要な軍事的役割を担った地帯であり、全国的に見ても貴重な戦争遺跡が数多く残っている地域である。
2004年1月に設立し、5月に法人認証を受けた「NPO法人 南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム」は、地域にある歴史的環境や文化遺産、先人の知恵などを掘り起こし、調査研究を重ねて、この地を訪れる人びとに平和研修や総合学習等のガイド事業を中心とした活動を行なっている。高齢者が豊かな知識と体験を語り継ぐことによって、生涯現役でいきいきと活躍する「市民が主役の地域づくり」を推進するとともに、青少年の健全育成にも寄与し、地域社会(コミュニティ)の再生(創造)を目指していく。
2. NPO設立前後の活動・事業の概要
南房総・安房にある戦国期の大名里見氏の稲村城跡をはじめとする城郭や関係文化財や、近現代の戦争遺跡を調査研究して、各種団体や学校等の平和研修や総合学習を支援する活動・地域の文化活動の実績を積んできた2つの市民文化団体(「里見氏稲村城跡を保存する会」「館山地区公民館 戦跡保存調査サークル」)が母体となって、NPO法人が設立された。
1993年2月 千葉県歴史教育者協議会安房集会開催
1994年10月 安房南高アフリカ・ウガンダ支援活動開始
1995年8月 『戦後50年』平和の集い開催(延べ約2000名参加)
1996年4月 里見氏稲村城跡保存運動(「保存する会」結成)はじまる
1997年12月 館山地区公民館 郷土史講座「館山の戦跡」以降3年間講師
2000年2月 「南総発見フォーラム-里見と花と八犬伝」開催(約400名参加)
2000年12月 歴史教育者協議会関東ブロック館山集会開催
2001年10月「南総発見フォーラム-里見と海と八犬伝」開催(約1000名参加)
「里見ウォーキング」〜以降毎年、市民主導で開催
2002年3月 日韓歴史交流「ハングル四面石塔」
2002年10月 日韓歴史教育交流館山シンポジウム
2003年3月 館山地区公民館 戦跡保存調査サークル結成
2004年1月 NPO法人の設立総会。5月法人認証。
2004年5月 関東うたごえ交流会 ガイド受託(約100名)
2004年8月 戦争遺跡保存全国シンポジウム館山大会主催(約400名参加)
2004年9月〜2005年館山市「観光立市推進協議会」歴史・文化の保存活用プロジェクト委員(座長)受託
2005年10月 私立川村高校 平和研修ガイド受託 (約200名)
2005年12月 国交省「半島いきいきネットワーク」モデル事業
2005年1月 全国退職教職員関東ブロック学習交流会ガイド受託(約230名)
2005年5月 千葉県立千城台高校 戦跡めぐり遠足受託(約280名)
3. 地域づくりは『平和・交流・共生』の理念をもった「人づくり」
① “いまあるもの”を活かした「平和・交流・共生」の地域づくり
これまで私は南房総・安房にある自然遺産や風土に根づいている歴史的な文化遺産など“いまあるもの”を活かした地域づくりのあり方を探ってきた。地域に生きる人びとの生活や文化などをしっかりと見つめ、より深く理解するなかで、この地がもっている自然環境や歴史的環境の地域的な特性を知ることの重要性を学んだ。
房総半島南部は、古代より繰り返し自然災害に見舞われ、そのたびに先人たちが知恵を出し合い、力を合わせて困難を乗り越えてきた歴史をもつ地域である。そこには海に囲まれた地の利を活かした人びとの「交流」を育み、さまざまな生活や文化を互いに認め合う「共生」の地をつくってきた。ただ太平洋に突き出た半島の先端部であり、東京湾の入り口という中央政権にとって、極めて重要な軍事的戦略の拠点であっただけに、20世紀の世界大戦においても歴史的な役割を担った地域であった。多くの戦争遺跡からは、いまも地域に生きる人びとの思いや暮らしを通じて、戦争や「平和」の意味を学ぶことができる。
② 地域コミュニティの再生と仲間づくり
NPOでは、ゆたかな地域社会(コミュニティ)の創造を理念に、南房総・安房にある自然遺産や歴史的な文化遺産を保存・活用する活動の一環として、平和研修ガイド事業をおこなってきたが、この事業では私たちに誇りと喜びをもたらしてくれただけでなく、この地を訪れる人びとに共感を与え、足もとにある自分の住む地域を見つめ直し、学ぶ楽しさを知るきっかけになったとの声が多数寄せられている。南房総・安房を舞台にして、お互いが交流し発信しあえる地域社会のネットワークが生み出されていく可能性を感じる。
地域という足もとから自然的環境や歴史的環境を見つめ直し、先人の生き方や知恵を学ぶことで、「平和・交流・共生」を育むゆたかな地域社会の創造を実現する場として、南房総・安房地域全体を「地域まるごとミュージアム」とする構想を描いている。
4.『安房・地域まるごとミュージアム』構想を考えるために
「エコミュージアム」という言葉がある。1971年にフランスで提唱された従来の博物館とはまったく違う新しい概念をもって構想された博物館の姿である。それは地域文化の再生という認識をもって、地域全体を視野に入れた地域博物館の構想という。
この「エコミュージアム」概念を援用して、南房総・安房地域の特性を表した「平和・交流・共生」というテーマ性をもつ「安房・地域まるごとミュージアム」構想を将来へむけてNPOが描く「地域づくり」の筋道にしていってはどうか。「安房・地域まるごとミュージアム」を通じて、地域の自然環境、文化・産業・戦争遺跡などの文化遺産に触れながら、地域のもつ自然的歴史的な特性を学ぶとともに、地域に生きる人びとの平和の思いや、生活の知恵などを次代の子どもたちに継承していく舞台にしたいと思っている。
まず、そのねらいは
① 自然的環境や歴史的環境を学んで、地域にある貴重な自然遺産や文化遺産を保存し、活用を図って、後世に伝えていく。
② 地域の特性をよく認識、理解し、市民が主役になって調査研究や運営にあたる。
③ 調査研究や保存活動を「安房・地域まるごとミュージアム」を通じて、市民が主役となった「地域づくり」に生かしていく。
また、「地域まるごとミュージアム」の位置付けは「市民による、市民のための、市民が主役となる地域づくり」を活動の理念に
① 地域の特性を踏まえた「平和・交流・共生」というテーマをもった視点で、地域の人々の暮らしや生活文化などを生かしていく。
② 運営・活動の中核となる既存の博物館などの施設を活用し、自然・文化遺産や地域環境の情報を収集し発信する地域の人々にとっての拠点とする。
③ これらを有機的に結びつけていく研修・学習見学コースは、地域の活性化にも繋がっていくように設定する。
「安房・地域まるごとミュージアム」では、房総半島南部である安房全域を活動範囲として展開し、現在ある「博物館」やその関連施設をはじめ、地域の特性をもった「テーマに基づく拠点施設」などを中核施設と位置付けて「地域まるごとミュージアム」の核(コア)としていく。そのなかで特に「テーマに基づく拠点施設」では、自然環境や文化・産業・戦争遺跡などの遺産などをより有効に学ぶために、分かり易い説明ができるガイドや案内板を研修・学習見学コースに配備して、地域の特性がよく認識され、地域理解が深まるようにする。
「地域まるごとミュージアム」の核や拠点施設が、市民たちが主役となる学びの場であったり、交流の場になるだけでなく、特に他の地域から訪れる見学者たちの有意義な研修や学習の場となるように企画・運営し、施設設備の充実などを図っていく。また他の地域の学びの場とネットワークされることで、研修や学習の成果が広がっていくように働きかける。
なお、文化行政の面では、文化財保存の観点で連携をとったり、「地域づくり」では地域の活性化の面で協働事業をすすめる。なかでも地域の人びととの繋がりを重視し、地域にあるコミュニティ活動と連携しながら、地域全体で取り組み、市民を主役にした地域づくり活動を展開する。地域振興の面でも、社会貢献を求めている地元企業などと提携したり、子どもの学習の場である学校を「地域に開かれた文化センター」としての役割を重視して、さらには地域の人々が主役となって「地域づくり」に参画できるような自治体からの支援や情報提供をうけるようにしたい。
5. 構想実現の第一歩を館山地区から
2005年度は、まず館山市館山地区を舞台にして「ミニ」の「地域まるごとミュージアム」地域としてのパイロット事業を推進していきたい。この地区は、「赤山地下壕・沖ノ島・館山市立博物館(城山)・安房博物館」を有している地域であり、館山市のなかでも一番人口が多く、「地域まるごとミュージアム」にふさわしい文化遺産や自然遺産が集中する地域である。ここに住む市民たちは、30年来「地域コミュニティ委員会」を運営しており、この組織と協働しながら、行政とともに連携して取り組みたい。案内板・サインなどのハードの面でも、多くの来訪者に対応する施設設備の拡充を市当局に要望している。このパイロット事業は順次、他地域(館野地区・那古地区など)モデル地区を拡大しつつ、市内全域の構想実現を一歩でもすすめていきたいと思う。
① 館山地区住民に対し、地区内にある歴史的文化財や貴重な自然資源(沖ノ島など) を楽しむ(学ぶ)ウォーキングを実施し、地域への誇りと愛着を育む。
② 赤山地下壕保存会など地元住民との連携を図り、戦時中の証言(とくに赤山周辺) を募り、戦争遺跡調査と保存を地域ぐるみで推進できる素地を熟成させる。
③ 戦跡サークルが中心となって館山地区に住む住民の支援をもらって館山地区の歴 史・文化マップ(戦前と戦時中の町並みなど)を作成する。
④ 館山地区公民館を通じて、館山小学校において地域学習に取り組む地域の子どもたちに呼びかけて、子どもたちの「ふるさと探検隊」を実施する。
⑤ 10月に実施予定の館山地区を中心とする「里見ウォーキング」の取り組みに対して、地域の住民の方々の支援や協力をお願いする。
≪中核拠点≫
赤山地下壕(豊津ホール)・沖ノ島公園・館山市立博物館(城山)・県立安房博物館
6. 将来に向けた私たちNPO活動
館山の戦争遺跡の代表である「館山海軍航空隊赤山地下壕」には、2004年4月1日の一般公開後、1年間で1万5千人を超える人びとが訪れた。2004年夏以来、館山市教育委員会や文化財審議委員会では、「赤山地下壕」の調査や審議をおこなっていたが、2005年1月、戦争遺跡では初の館山市指定文化財に認定した。「戦後50年」から10年、様々な形で保存や史跡化を訴えてきたが、とうとう実を結んだ。
私たちのNPOにとっても戦跡の史跡化は重要な一歩となった。NPOを設立して約1年、戦跡を中心に有料ガイドに関わった団体は、延べ200団体(約4000人)となった。これは過去10年間で約6000人案内してきた地道な取り組みがベースになっているが、2004年8月の館山市との共催で開催された「戦争遺跡保存全国シンポジウム館山大会」をはじめ、多くのマスコミ報道で「赤山地下壕」などの館山の戦跡が大きく取り上げられた結果であった。
しかしながら、最も大きな要因と考えられるのは、まず戦争遺跡を通じて、地域の人びとと触れ合いながら学んだ平和研修や講演に共感や感動があったからであり、「平和・人権・地域づくり」に関わるNPO活動への理解と同時に、私たちの平和づくりの思いが心に残り、口コミなどで広がったからと思っている。つまり、平和研修・環境学習(エコツーリズム)といった教育観光としてのニーズにとどまることなく、この地を訪れ、この地の人びととふれあいながら、地域の成り立ちや特性、地域の暮らしや先人の知恵などを学び知ることの喜びを共感したことが根底にあったからではないか。
この喜びを分かちあった人々が、それぞれの地域に戻り足元を見つめ直すことにより、国内各地の平和活動や地域の活性化に貢献していくきっかけになると思っている。私たちは「地域づくり」のモデル的事例の地として、「平和・交流・共生が息づく地域づくり」を学ぶために、全国から人びとが集ってくる「学びの地・安房」という新たな地域教育のあり方を発信していきたい。
また、NPO活動の活性化によって来訪者が増え、経済効果のあった地元企業が地域貢献のひとつとしてNPOに支援するという「企業メセナ」的な経済システムが生まれている。また、市民の手作りお土産や地域性に富んだ食事メニューの開発も始まった。依然として景気動向が不透明であり、地域の第一次産業も低迷状態であるが、一方では価値観の二極化にともなって、帰農希望の移住者が増えている現状もある。農漁業後継者である青年層が低収入を補う道として、農閑期にガイド事業へ参加することが可能であり、地産地消の流通システムを地域からネットワークを再構築する基礎になっていくと思っている。
現在館山市では、行政当局とNPOなどが協働関係をもって、たとえば歴史・文化を保存・活用する「地域づくり」にむかう第一歩が踏み出されようとしている。今年は「戦後60年」および「日韓友情年」にあたって、NPOでは、行政当局をはじめ、地域において平和関連事業を推進してきた方々に、「平和・交流・共生」の理念が活きる地域コミュニティ的な連携事業を呼びかけている。そのような取り組みのなかでこそ、「安房・地域まるごとミュージアム」の構想がひろがっていく契機と考えている。