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●館山における空襲・戦災の記録(抜粋)〜地域の記録と米軍資料からみる●

≪豊津会例会報告レポート(1999年)≫


@ 安房の戦災死没者数

「安房地域の警察署管内別の空襲被害状況(1945年10月現在)」

市町村数 被害市町村数 死者 傷者 全半焼 全半壊

館山 18 14 69 122 62 65

千倉 10 7 27 42 8 38

鴨川 12 8 21 46 12 5

(「千葉県警察史」(第2巻)より)

千葉県内の空襲被害の死者数1746名の内訳をみると、千葉943名・銚子299名・市川90名の次に、館山69名がくる。

都道府県別で民間人の死亡者数を「太平洋戦争における我国の被害総合報告書」(経済安定本部 1949年)でみると、少ない県で島根19名・山形 24名・石川35名・滋賀45名・長野53名・奈良68名となっている。つまり館山の死者69名は、少なくない数である。

関東地方では、栃木602名・埼玉713名・群馬1178名・千葉1782名・茨城2626名・神奈川6637名、そして東京92778名となっている。死者1万名以上の府県は、兵庫11246名・愛知12192名・大阪12620名、そして戦場になった沖縄94000名、さらに原爆による長崎75215名や広島199138名である。


A 安房地域の空襲・戦災

1944年7月のサイパン島陥落は、絶対国防圏が崩壊し、「銃後」も戦火に巻き込む本土空襲がはじまることを意味した。新聞には、防空演習や防空壕の作り方の記事が繰り返し載せられ、「空襲時焼夷弾が投下されるとしたら、火災は一カ所でなく方々から燃え上がるであろう。各所から発生した大小火災に対する消火防火等は、隣組町内会などの消火班の活動に待たねばならないのだ」と、空襲時には待避せず、隣組などの組織的な初期消火に従事することが強調されるようになった。

千葉県内への空襲が現実のものとなると、「隣組長とっさの機転 焼夷弾みごと征服 沈着機敏の初期消火」「焼夷弾を手掴み よく戦った民防空」「退避は防禦攻勢の姿勢 次の瞬間猛然と 焼夷弾に敵愾心の体当たりをせよ」と「体当たり」の初期消火活動が強調された。

本土決戦のかけ声のなか、安房地域にはどのような空襲や戦災があったか。とくに「安房地域における空襲・警戒警報発令状況(1945年1月から8月まで)」を参考に、公表されている全国の空襲の概況や地域の記録、さらに米軍関係資料と対比しながら、その概要を報告する(抜粋)。

なお、空襲・警戒警報記録資料出典の表示では、(安)が安房中の、(安南)が安房高女の、それぞれの「教務日誌」などを表している。


1944年

10月(10日) 米第58機動部隊がレイテ作戦支援のため、艦載機延べ900 機が5波にわたり那覇市を中心に空爆。

(米軍による都市無差別爆撃のスタート)

11月( 1日) サイパンより東京へB29偵察専用機1機

(24日) B29 88機(第73航空団ー中島飛行機武蔵製作所)

12月 3日(鋸南町史)午前10時頃空中戦闘中の流弾により石井せい宅出火。 小保田より市井原まで20棟全焼


《米軍資料をみると》

作戦任務10号

1、日付 1944年12月3日

2、コード名 サン・アントニオNo.3

3、目標 東京ー中島飛行機武蔵製作所

第2目標-東京市街地と港湾地域

4、参加部隊 第73航空団

5、出撃機数 86機

6、第1目標爆撃機数の割合 81%(70機)

7、第1目標上空時間 12月3日14時 4分ー?

8、攻撃高度 290000-31000フィート

9、目標上空の天候 視界良好

10、損失機数合計 5機

11、作戦任務の概要

爆撃成果は第1目標については不十分ー2580平方フィートを破壊、第 2目標については未確認。2.5%が目標に命中。8機が第2目標に投弾。 8機が早期帰還、うち2機がパガン島に投弾した。敵機の迎撃は微弱ない し中程度ー攻撃回数75。この交戦で敵機6機撃墜、10機不確実撃墜、5 機撃破。対空砲火は重砲、貧弱ないし激烈、不正確。平均爆弾搭載量5.000 ポンド平均燃料残量800ガロン


1945年

2月 9日(米軍資料)(館山・空襲警戒警報,間に合わずか?)

《米国戦略爆撃調査団報告書No66 基礎資料をみると》

第20航空軍(B29部隊)「日本本土爆撃詳報」

場所 館山

豊戸飛行場(「洲ノ空」のことか?「豊津」川付近)

(総合目標部90-14-・・・目標規定64-2421-781)

年月日 1945 2 09 攻撃部隊名 500G(第500航空群)

攻撃形式 01 優先順位 3 爆撃機数 1

攻撃時刻 533 (日本時間14時33分)

爆弾投下高度 27000フィート(8235m)

高性能爆弾サイズ03 数量 13発 トン数 3t

(AN-M64-500ポンドG.P.)

焼夷弾 サイズ06 数量 2発 トン数 1t?

(AN-M76-500ポンドI.B.)

場所 館山

飛行場(「館空」)

(総合目標部90-14-・・・目標規定64-2421-780)

年月日 1945 2 09 攻撃部隊名 497G(第497航空群)

攻撃形式 01 優先順位 3 爆撃機数 1

攻撃時刻 545 (日本時間14時45分)

爆弾投下高度 26300フィート(8021m)

高性能爆弾サイズ03 数量 9発 トン数 3t

(AN-M64-500ポンドG.P.)

焼夷弾 サイズ06 数量 3発 トン数 3t


2月16日(安南)

午前7時5分 白浜監視哨「敵小型機編隊、北進中」

侵入高度約400m「電波警戒機乙」で捕捉できず

午前7時頃 米第58機動部隊艦載機(延べ1000機)

F6F「ヘルキャット」戦闘機

F4U「コルセア」戦闘機

TBM「アヴェンジャー」雷撃機

SB2C「ヘルダイヴァー」急降下爆撃機

三浦、房総半島に侵入関東各地

空母基幹の大規模な本土空襲部隊

《2月19日からの「硫黄島作戦」側面援護》

7時15分 第302空(3個飛行隊 雷電月光彗星 厚木)

第252空(5個飛行隊 零戦240機茂原・館山)

「館空」戦闘機90機(機銃掃射・爆弾)

「横須賀空」所属 一式陸攻(対潜哨戒)3機

うち1機「館空」早朝発進、交戦後千倉平磯墜落

2月 17日(安南)

午前6時40分 艦載機攻撃(約590機で4波)

関東各地(「館空」への攻撃)

2月 19日(安南) B29 100機(東京)

米軍硫黄島上陸

2月 25日(日本列島空襲戦災誌より)

艦載機延べ600機による関東地区軍事施設への波状攻撃 松戸・船橋・佐倉

館山各駅と飛行場の攻撃

3月( 6日) 硫黄島に陸軍戦闘機集団P51「ムスタング」進出

3月 10日(米軍資料)(館山・空襲警戒警報,間に合わずか?)

「東京大空襲」のとき、館山にも空襲があった


《米軍資料をみると》

作戦任務40号

1、日付 1945年3月9日

2、コード名 ミーティングハウスNo.2

3、目標 東京市街地

4、参加部隊 第73・313・314航空団

5、出撃機数 325機

6、第1目標爆撃機数の割合 86%

(第1目標279機、第2目標0機、

最終順位目標5機と臨機目標15機)

7、第1目標上空時間 3月10日 0時 5分ー 3時 0分

8、攻撃高度 4900-9200フィート

9、目標上空の天候 3/10

10、損失機数合計 14機

11、作戦任務の概要

469.146.000平方フィートを破壊、または損害を与えた(1.080エーカー)。爆撃成果は甚大。26機が無効果出撃。2機が対空砲火で損失、1機が毀損調査で損失、4機が不時着水、7機が未確認の原因で損失。敵機の迎撃は薄弱ー攻撃回数40、敵機に与えた損害の申告なし。対空砲火は中程度ないし、激烈で正確。平均爆弾搭載量は第73航空団13.880ポンド、第313航空団12.857ポンド、第314航空団9.763ポンド。平均燃料残量1.044ガロン。(訳者注)B29による対日戦略爆撃の方法を一変させた夜間低高度焼夷弾 攻撃の最初のものであった。


《米国戦略爆撃調査団報告書No66 基礎資料をみると》

第20航空軍(B29部隊)「日本本土爆撃詳報」

場所 館山

豊戸飛行場(「洲ノ空」のことか?「豊津」川付近)

(総合目標部90-14-・・・目標規定 64-2421-781)

年月日 1945 3 9 攻撃部隊名 500G(第500航空群)

攻撃形式 01 優先順位 4 爆撃機数 1

攻撃時刻 1558 (日本時間3月10日 00時58分)

爆弾投下高度 6800フィート(2074m)

焼夷弾 サイズ 18 数量 65発 トン数 11t

(名称 E28-500ポンドI.C.= M69 6ポンド I.B.直径約8cm・長さ約50cmの小型 ナパーム焼夷弾を集束。集束数不明)


5月 8日(安・安南)P51 65機(千葉・茨城 11時30分)

*鋸南町市部瀬勝山駅-岩井駅間で11時50分頃、館山行下り第111 列車がP512機により機銃掃射を受ける(死者13名・負傷者46 名)

*安房郡西崎村沖合いで漁船攻撃(負傷者3名)

5月(11日) 第21爆撃軍団、沖縄作戦支援打ち切る。テニアンに第58航空団移 駐す。

第58航空団(188機)

73 (190機)

313 (142機)

314 (180機)

4箇航空団(700機)となる。毎回400機以上におよぶB29を出 撃させ、攻撃の規模を拡大させるともに硫黄島のP51を護衛につけ 昼間大空襲を実施するようになった。


5月19日

正午前 天候雨 館山那古(川崎地区)

B29空襲 (6カ所爆弾)

死者 27名(2才から80才まで)・負傷者10名

家屋全壊 9戸 全半壊 18戸

爆弾投下先は、軍需工場の「池貝鉄工所」であったとか、軍事施設(「八 幡」高角砲陣地などがあった)とかいわれてきたが、事実関係はまっ たく不明であった。


調査研究

《米国戦略爆撃調査団報告書No.66 基礎資料からみると》

東京大空襲・戦災誌「第20航空軍(B29部隊)日本本土爆撃詳報」か

ら判断すると、場所は館山と指定のうえ、この日の攻撃目標優先順位では3

番とされている。その攻撃目標は予め「各種目標(総合目標部 90-14-・・目

標規定64-2421-010)」と指示され、そして攻撃は、第314航空団のB29の

1機によって、日本時間10時55分に24000フィート(7320m)から、高性能爆弾

(AN-M64 500ポンドG.P.= 250kg爆弾)が27発 (合計トン数

7t)指定目標に 投下されたと報告されている。任務報告からみると、破

壊目標既定64-2421-01 0と指定されているのは、軍需工場「池貝鉄工所」

考えられる。


《米軍資料によると》

作戦任務178号

1、日付 1945年5月19日

2、目標 第1目標 立川陸軍航空工廠・立川飛行機会社工場(目視

浜松市(レーダー)

3、参加部隊 第58・73・313・314航空団

4、出撃機数 309機

5、第1目標爆撃機数の割合87.04%(レーダー272機、臨機目標14 機

6、第1目標上空時間(レーダー)10時51分ー11時58分

7、攻撃高度 13300-26640フィート

8、目標上空の天候 10/10

9、損失機数合計 4機

10、作戦任務の概要

市の64エーカーが炎上。目標を目視できず、全爆弾はレーダーによっ

第1レーダー目標に対して実施され、爆弾1.486トンを投下した。23機が無

果出撃。敵機をわずか8機視認、攻撃なし。敵機に与えた損害の申告なし

対空砲火による損傷なし。20機のB29が硫黄島に着陸。平均爆弾搭載量12

029ポンド。平均燃料残量817ガロン。

(訳者注)この日、B29部隊は蜜雲のため目的を達せず、東京・神奈川・

葉・山梨・静岡の各地に投弾したが、関東地方は被害僅少であり、静岡

県では浜松に相当の被害があった。

臨機目標とは「機体の不調、飛行条件、搭乗員の過失などで指示され

た目標を攻撃できない場合、臨機に目標を定めて投弾した。


《米国戦略爆撃調査団報告書No66 基礎資料》

第20航空軍(B29部隊)「日本本土爆撃詳報」

場所 館山

各種目標(総合目標部90-14-・・・目標規定 64-2421-010)

年月日 1945 5 18 (19日の間違い?)

攻撃部隊名 314W(第314航空団)

攻撃形式 01 優先順位 3 爆撃機数 1

攻撃時刻 155 (日本時間10時55分)

爆弾投下高度 24000フィート(7320m)

高性能爆弾 サイズ 03 数量 27発 トン数 7t

(AN-M64 500ポンドG.P.= 250kg爆弾)


《米国戦略爆撃調査団報告書No.66 基礎資料》

第20航空軍(B29部隊)「日本本土爆撃詳報」

場所 館山

豊戸飛行場(「洲ノ空」のことか?「豊津」川付近)

(総合目標部90-14-・・・目標規定64-2421-781)

年月日 1945 5 25 攻撃部隊名 58W(第58航空団)

攻撃形式 01 優先順位 3 爆撃機数 1

攻撃時刻 1519 (日本時間00時19分)

爆弾投下高度 9200フィート (2808m)

焼夷弾 サイズ05 数量183発 トン数6t

(AN-M47A2-100ポンドI.B.)

7月10日(安房・安南) 第38機動部隊 艦載機1224機

空母9隻・軽空母6隻・戦艦9隻など105隻

●《機動部隊による日本本土侵攻事前作戦》

7月14日(和田史) 和田小正門前(機銃掃射・爆弾)

7月17日(安南・丸山史)大井地区機銃掃射受ける。

和田町真浦(グラマン機銃掃射)主婦1名死亡

7月18日(安房・安南・和田史・鋸南史)

和田町花園(機銃掃射)1名負傷

鋸南町市井原字杉畑に爆弾落下。横根、市井原(機銃掃射) 1名負傷

艦載機 1200機(関東各地)

午後11時52分 《第38機動部隊の第35・4任務群》

●【「白浜レーダー基地」艦砲射撃】 6名死亡・17名負傷

7月(22日) 第20航空軍司令部報告書 日本空襲優先リスト

「館山」176番

7月 28日(安南) 和田町南三原 主婦1名死亡

安房農脇 森永工場煙突破壊

艦載機 2532機 P51 270機(関東各地)

7月 30日(安南) 艦載機 1938機 P51 100機(関東各地)

8月 3日(安南) P51 100機 B29 5機(関東各地)

8月 4日 B24 2機 B29 5機(房総南岸など)

8月 5日(戦史叢)B29 130機(前橋・銚子・館山ー焼夷弾)


《米軍資料によると》

作戦任務313号

1、日付 1945年8月5・6日

2、目標 前橋市街地(90.13)

3、参加部隊 第313航空団

4、出撃機数 102機

5、第1目標爆撃機数の割合 90.19%

(第1目標92機、臨機目標4機)

6、爆弾の型と信管

M19 500ポンド焼夷集束弾

目標上空5.000フィートで解束するようセット。

T4E4 500ポンド破片集束弾

投下3.000フィートで解束するようセット。

M64 500ポンド通常爆弾

近接信管弾頭と無延期弾底

7、投下爆弾トン数 第1目標723.8トン 臨機目標30.6トン

8、第1目標上空時間 8月5日22時28分ー6日0時8分

9、攻撃高度 15200-16900フィート

10、目標上空の天候 0/10-9/10

11、損失機数合計 0機

12、作戦任務の概要

成果は未確認ないし甚大と報告された。82機が目標をレーダーで確認、 10機が目視で確認。6機が無効果出撃。敵機30ー35機、攻撃回数14、 1機のB29が損傷。敵機に与えた損害の申告なし。対空砲火は重砲、 小口径、皆無ないし貧弱、不正確。この作戦任務には、風程観測機1 機、レーダー対策機3機も参加した。出撃機合計数には、レーダー対 策機3機と風程観測機1機は含まれていない。15機のB29が硫黄島 に着陸。平均爆弾搭載量16.840ポンド。平均燃料残量498ガロン。


《米国戦略爆撃調査団報告書No66 基礎資料》

第20航空軍(B29部隊)「日本本土爆撃詳報」

場所 館山

海軍基地(総合目標部90-14-371 目標規定64-2421-700)

年月日 1945 8 05 攻撃部隊名 313W(第313航空団)

攻撃形式 01 優先順位 3 爆撃機数 2

攻撃時刻 1348 (日本時間22時48分)

爆弾投下高度 8500フィート(2593m)

焼夷弾 サイズ15 数量75発 トン数15t

(名称 E46-500ポンドI.C.=E461発には小型ナパーム 焼夷弾AN-M69 6ポンドI.B.を48発集束してある。M69 は六角断面の鉄板製の缶の中にナパームを詰めたもので、E46から 弾き出されると麻布製のリボンの尾を引きながら落下する。これは対 日戦専用に開発されたもので、日本の木造家屋に適するように落下速 度を遅くし貫徹力を弱くすることで焼夷攻撃の効果を高めたものであ った)

破砕性爆弾 08 4発 1t

(破片)

(名称 T4E4-500ポンドF.C.ボール爆弾などのように、破 片をまき散らし、器材や人員を破壊・殺傷す目的の弾種で飛行場攻撃 などに使用された)


8月 6日(安南) P51 120機 B29 4機(関東各地)

8月 7日(安南) P51 45機(厚木・平塚など)

8月 8日(安南)

8月10日(安房・安南) 艦載機 2000機(房総)早朝空襲あり

8月13日(安房・安南) グラマン(成東)P51(館山)


●《調査研究 1945年8月13日に館山で何が起こったか》

7月10日 第3艦隊司令官ハルゼー、第38機動部隊(空母9隻、軽空母6隻、戦艦 9隻、巡洋艦19隻、駆逐艦62隻 計105隻)による日本本土侵攻事 前作戦開始。

7月16日 ポツダム会談(8月2日まで)

7月18日 第38機動部隊の第35.5任務群のよる「白浜艦砲射撃」

7月26日 ポツダム宣言公表

7月27日 最高戦争指導会議(ポツダム宣言黙殺方針)

8月6日 広島原爆投下

8月7日 第37・38アメリカ機動部隊の訓練と演習。燃料補給。

8月8日 モスクワ駐在日本大使、モロトフ外相より対日宣戦布告。

第38機動部隊、悪天候のため攻撃中止。

8月9日 ソビエト対日参戦(満州に進攻)

長崎原爆投下

第38機動部隊、本州北部(東北地方)地域の飛行場・船舶・地上目標(艦載機1660機)関東地域内の選定飛行場の攻撃。艦砲射撃(釜石の工業 目標)

8月10日 第38機動部隊、本州北部地域の飛行場・船舶・地上目標ならびに関東地域内の選定飛行場の攻撃。(艦載機2000機)

日本政府、天皇制存続を留保条件としてポツダム宣言受諾をスイスとスウェーデンを通じて連合国に打診。申し入れに対して、連合国側の条件をつけ、日本政府に対する正式回答をスイス政府経由で送る。

ハルゼーは「日本降伏受諾」との通報をうけたが、万一日本政府が降伏しない場合を考慮し、艦隊を発進予定地点へむけて、翌日の攻撃を指令した。

8月11日 第38機動部隊、燃料補給。

大本営海軍部、兵力温存策から機動部隊撃滅へと基本命令変更。

8月13日 午前1時、ハルゼーは太平洋艦隊司令長官ニミッツから空襲を中止して警戒態勢で東京湾に進出するよう命令されたが、その後間もなく取り消され た。トルーマン大統領は、マーシャル参謀総長に対して計画中の対日侵攻 作戦の推進を指令した。

第38機動部隊、関東地域内の航空機・飛行場・船舶・工業上の目標を攻 撃。(艦載機約800機)

安房高校80年史「教務日誌」より


8月13日(月)晴 休業

P51及小型機終日館山を空襲す 損害軽微

早朝より空襲のため生徒の登校は防空要員のみ。・・・・

警戒警報 5:16ー19:10

空襲警報 5:26ー18:00

警戒警報 20:05ー20:20

23:00ー24:00


≪米軍資料による館山の様子≫

国会図書館蔵「GHQ法務局文書」マイクロフイルム資料より

1947年8月18日館山警察署長GHQ提出調書より(愛沢によるメモ)


8月13日午後4時、戦闘機2機のうち地上砲火で1機、館山桟橋地先50メートル海中に墜落。14日に海岸地先砂地に搭乗員遺体1名漂着。目撃が海岸現場付近に仮埋葬。16日妙台寺墓地に埋葬。なお、1946年6月13日横浜より米墓地係官が来館し改葬。

同じく8月13日午後5時40分頃、西岬村坂田地先の沖合い約1000メートルにPBY1機墜落。乗員1名海中より浮上遊泳。横須賀防備隊洲ノ埼防衛所隊員が小型船で救助し、久里浜防備隊に護送。その後は不明。なお8月23日に西岬村坂田海岸で米兵1名遺体漂着し、仮埋葬。(46年6月横浜よりの係官が改葬)8月30日午前8時坂田字油入海岸、9月7日波左間地先海岸、9月18日富浦南無谷海岸、9月22日大房岬海岸にて各1名の米兵遺体が発見され米軍に通報している。


米軍資料(国会図書館蔵「GHQ法務局文書」マイクロフイルム資料)

1947年12月18日付情報依頼文書

(艦載機F6F-5墜落 不明パイロット ファイル2737)

1948年1月23日付 1945年8月13日千葉県西岬村沖

PB5Y墜落 生存者ローガー・レーガン軍曹

(8月20日館山湾坂田海岸より遺体X-502

の回収したが、この遺体は行方不明搭乗員バー

ノン・ラドモールの可能性がある。・・・

しかし、同日に墜落したドゼール大尉の可能

性もある。・・・・

レーガン以外のPB5Y6名の乗員は墜落で

死亡したと思われる)

1月24日付 1945年8月13日千葉県館山市館山湾沖墜

落 F6F-5機体番号79406

アメリカ海軍大尉ウイルソン・ロイド・ドゼー

ル(機体はいまだ海中に沈んでおり遺体は現在

のところ回収されていない。・・・)

9月27日付 1945年8月13日千葉県西岬村沖

PB5Y墜落 生存者ローガー・レーガン軍曹

11月22日付 1945年8月13日千葉県館山市館山湾沖墜

落 F6F-5機体番号79406

アメリカ海軍大尉ウイルソン・ロイド・ドゼール

8月14日 正午頃、御前会議で無条件降伏受諾決定。

アメリカ政府、夕刻スイス政府経由でポツダム宣言完全受諾の通告 を受理。

第38機動部隊は撤退して燃料補給後、東京の南東110マイル(約177キロ)の発進地点へ。

8月15日 第38機動部隊、東京地域内の航空機・飛行場・船舶・工業上の目 標を攻撃。


《関係資料》

館山市史

丸山町史

鋸南町史(郷土と戦禍「太平洋戦争中の戦災」)

安房南高史

安房高史

太平洋戦争写真史「日本大空襲」月刊沖縄社(1979年)

日本本土空襲概報(東京空襲を記録する会)

戦史叢書「本土防空作戦」

(本土来襲状況並びに迎撃、戦果及び損害一覧表)

米軍資料「日本空襲の全容 マリアナ基地B29部隊」東方出版(1995年)

「アメリカ機動部隊」 石井 勉編著 成山堂書店(1988年)

「東京大空襲・戦災誌」 3巻 東京空襲を記録する会(1973年)

「東京を爆撃せよ」 奥住喜重・早乙女勝元 三省堂選書(1990年)

「中小都市空襲」 奥住喜重著 三省堂選書(1988年)

「千葉市空襲の記録」 千葉市空襲を記録する会(1980年)

「日本列島空襲戦災誌」 水谷鋼一著 中日新聞社(1975年)

09年2月8日 17,175

特定非営利活動法人(NPO) 安房文化遺産フォーラム

旧称:南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム(2008年5月に現在の名称に変更)

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