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今まで館山は、祖父母に会いに行くついでの観光地といったぐらいにしか意識をしていませんでしたが、地理的な理由から主要な軍事施設が置かれ、たくさんの人が戦争で辛い経験をしたことを知り、また今でも残っている掩体壕や地下壕を見学でき、当時の様子を垣間見ることができ、「戦争」を今までよりも身近に感じることができました。多くの参加者の方々が口にされていた「戦争をやってはいけない」という理由をまた深く考え直して、さらに戦争について学習していきたいと思います。


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ぜひ見たいと思っていた館山の戦跡を見ることができ、ありがとうございました。すでに60年もすぎてしまいましたが、戦争の時代に生きた者として、戦争の実態の一部でも自分の目で見たいものだと思い続けてきました。それを伝えなければと思います。

数年前、文化庁が戦跡の指定をするための調査を始めました。何て遅いのだろうと、その時思ったのです。敗戦としう歴史上、大事にせねばならない事実を今後のために、活かしていかなくてはと思うからです。事実を知っている人達は、どんどん亡くなっています。館山の動きは、ほんとうに貴重なものでした。NPOの方々に敬意と感謝の意を表したいと思います。君津市では公民館の方々が、ほんとうによく取り組まれています。ありがたいです!!またの機会、市としての動き…どうしましょう。


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戦争遺跡を自分の足で確かめ、平和の尊さを学んだ貴重な一日でした。

「戦争遺跡は戦争の無意味さを語ってくれる生き証人」とNPO法人の愛沢伸雄理事長がおっしゃっていますが、全く同感です。二度とこのような施設を造らない、必要としない時代が続いて欲しいと願って止みません。

10年以上に亘って館山の戦争遺跡を調査研究、そして保存・活用の運動に携わり、NPO法人を立ち上げ、100人近くの会員ガイドのリーダーをつとめる愛沢伸雄さんのご努力に心から敬意を表します。また、懇切丁寧な講義の池田恵美子さん、雨の中の現地ガイドの河野さん、君塚さん、愛沢彰子さん、お世話になり、ありがとうございました。 〜中村泰補様〜


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雨の戦跡めぐりとなったが、予定どおり見学できて良かったと思う。やはり解説つきで現地を見ることによって、不可解な建造物のナゾが解けた。戦争は実に多くのタブーを生むが、重い蓋をこじ開けるのには大変な努力を要するし、時が遅すぎるのも多いことが分かった。最後が慰安婦問題で閉じられ、戦争から課題をつきつたられた思いがする。


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この機会を逃すと、いつ戦跡を訪れることができるかわからなかったので参加しました。戦跡もさることながら、従軍慰安婦の証言はやはりショックでした。人間を狂気に駆り立てる戦争は絶対にやってはいけないし、このおろかしい過去は全部さらけ出して、反省すべきだと思います。事実はきちんと若い人たちに伝え戦争反対を訴えていきたい。


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県内に、しかも館山だけでもあんなにたくさんの戦跡があるということを初めて知りました。戦争を知らない世代の子どもで、正直あまり現実のものという感じが今までなかったのですが、自分の目で見ることにより、悲惨な歴史が現実のものとなりました。

今も安心して眠ることのできない国が世界中にあります。歴史は繰り返される≠ニいいますが、決して繰り返してはならない歴史もあるのだということを忘れずにいたいと思います。貴重な体験の機会をありがとうございました。


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戦争中の思い出がよみがえり、非常になつかしかった。殊に今回は現地のガイドさんが熱心に説明して下さったのが判り易く良かったと思う。よき勉強になった。


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いろいろとお世話になりました。館山の戦争遺跡に関した跡を見学し、係員の方々が良く説明してくれて良かったです。後世の若い人達に戦争の悲惨さを伝えてゆきたいと強く感じました。ありがとうございました。


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子供に、戦争をすることのむなしさを伝えたい。二度と戦争をしてはならない!!


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千葉県に軍事施設が多いのが、地図の向き(視点)を変えて判ったような気がした。国どうしのけんか(戦争)は、人間どうしのけんかが無くならないかぎり、無くならないような気がする。まだまだ自分の行動が、なにができるのか分からないが、子供の時代には無くしたいものだ!

05年3月11日 1,803

特定非営利活動法人(NPO) 安房文化遺産フォーラム

旧称:南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム(2008年5月に現在の名称に変更)

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