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映画『赤い鯨と白い蛇』を観て

千葉大学教育学部 川上 和宏

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私は、教育を志す千葉大学の学生です。3年前に習志野市において、生涯学習まちづくりを目指し、〝さんまぷろじぇくと〟という活動団体を立ち上げました。〝さんま〟の意味は、「仲間・空間・時間」という3つの〝間〟であり、さまざまな世代の住民が集い交流できる場を創るという目的をもって活動をおこなっています。

生涯学習まちづくりを実践し、地域の活性化に貢献しているNPO法人南房総文化財・戦跡保存活用フォーラムをゼミの教授から紹介された縁で、この1年間に4回館山を訪問しました。NPOの主催する事業に参加させていただくことを通して、世代も、住んでいる場所も違う方々と交流し、思いを共有できたことは、私たち学生にとってこの上ない喜びでした。

また、生涯学習まちづくりの拠点のひとつとして、館山市が一般公開している赤山地下壕をはじめとする戦争遺跡を案内していただきました。戦争も貧困も経験したことのない世代の私にとって、戦争というものを身近に感じ、それに向き合う良い機会となりました。もし終戦が延びていれば、この美しい南房総が「第二の沖縄戦」の場になっていたかもしれないということや、終戦直後には本土で唯一「4日間」の直接軍政が敷かれたということもはじめて知り、大きな衝撃をうけました。戦争がもたらす痛み、悲しみ、悲惨さ、そしてくだらなさを、私は考えるようになりました。殺人事件が日常的に報道されるようになってしまった現代社会において、子どもたちに命の重みをどのように伝えていくかは、教育の緊急課題です。戦争遺跡は、単に平和教材というだけではなく、命の教育においても重要な学習の場であると思いました。

そんな折、館山の戦跡を舞台に撮影された映画『赤い鯨と白い蛇』を鑑賞しました。戦地に赴く男性を見送ることしかできなかった〝女性〟に焦点を当て、せんぼんよしこという〝女性〟の監督が描いた映画です。もちろん戦争だけがテーマとはいえず、女性としての生き方に関わってくる描写がたくさんあり、男性の私としては、想像の域を脱しないというか、すんなり理解できないところもありました。けれどもこの映画は、私にまったく別の価値観を与えてくれました。

映画の後半、ひとりの女性がこう語ります。「私があの人のことを忘れたら、彼は二度死ぬことになる」…戦争で残された女性が、亡くなった人を思い続けることしかできないというのは、あまりにも悲しすぎます。愛する人を守るために、他国へ行き、誰かを殺し、自分も死ぬというのは、戦争を美化した幻想にすぎません。この映画を観て、私にはある決意が芽生えました。それは、どんなに後ろ指をさされようが、どんなに非難されようが、愛する人とともに生きる手段を考えたいという願いです。

また青年将校は、「自分に正直に生きてほしい」というメッセージも女性に残しています。たくさんの人間の人生を大きく巻き込み、翻弄させてしまう戦争という時代の中で、自分に正直に生きるということは難しかっただろうと思います。それでは、現代はどうでしょう。私自身はとても困難な時代だと感じています。自分に正直に生きることができる社会とは、一体どのような社会なのでしょうか。それは、国家や世間が作り出した一定の価値基準の中でしか生きられないのではなく、一人ひとりがもつ多様な価値観や生き方を尊重できる社会だと思います。これも、現代社会で教育に課せられた大きな課題といえるかもしれません。

この映画は、館山を舞台に撮影されたこと、そして館山に存在している戦跡を用いたことに大きな意味があると感じます。それは、戦時中の館山で女学生だったという監督ご自身の、ふるさと館山に対する愛情があふれているからです。それと同時に、実際に私が館山の戦跡でNPOのガイドを受けていたからこそ、この映画の内容がリアルなものとして実感できたところも否めません。つまりこの映画は、館山での平和学習をした人にとっては効果的な〝復習教材〟であり、これから訪れる人にとっては〝予習教材〟になるということです。

人と人とのつながりが希薄になったと言われる昨今、もっとも重要なことは、性別も、生きた時代も異なる世代の、多様な価値をもった人びとが集う〝交流〟の場なのかもしれません。映画では、5人の女性たちが導かれるようにかつて暮らした古民家に集い、語り合い、思いを共有する中から、それぞれが次の一歩を踏み出しました。人々が支えあって生きていかれる社会を目指すうえで、この映画にはたくさんのヒントがあるように思えます。私はこの映画からそんな希望をもらいました。

07年10月3日 7,338

特定非営利活動法人(NPO) 安房文化遺産フォーラム

旧称:南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム(2008年5月に現在の名称に変更)

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