館山まるごと博物館 » ページ詳細
明治期より済州島の海女が多く来日し、アワビ漁に従事していた。安房にも暮らしていた彼らは、戦後、鴨川市の長興院を墓地として埋葬した。儒教を国教とする韓国では、参詣の際には数十にのぼる墓碑をすべて供養するという。済州島大学校の趙誠倫教授は、日本国内での韓国人墓地は貴重な事例という。
◆朴基満之墓
(前)済州道水産業開拓先覚者
(脇)出身地 韓国済州道翰京面板浦里
○密陽朴家
淑夫人耽羅高氏月娥は耽羅王末老32世孫
父 高梁浩先生 母 梁明月女史 長女として
1907年6月20日済州島翰林面今滕里に於て出生
1939年3月夫朴基満と共に日本国和田浦に来る
1989年9月19日他界する 享年82歳