地図を南北逆さに置いてみると、「安房国(あわのくに)」は「へ」の字型になった日本列島の頂点に位置し、まるで龍の頭のようにも見えます。視点を変えて見てみれば、いつも見慣れた風景が、違った意味を帯びてきます。そこから何を発見し、そんな未来を創造することができるのでしょうか。
安房国は、古代日本の地方行政区分だった国名で、鋸山南麓から西方に続く長狭街道を北限とする房総半島南部をさし、房州(ぼうしゅう)と呼ばれることもあります。現在は、千葉県の館山市・南房総市・鴨川市・安房郡鋸南町の3市1町圏内を「安房地域」と称します。
冬でも花が咲き誇る温暖な安房国は、「常春(とこはる)」と呼ばれています。沖合には黒潮と親潮がぶつかる豊かな漁場をもち、恵まれた気候風土です。三方を海に囲まれた半島性ならではの特長を活かして、一次産業の工夫を重ねてきました。
海路においては東日本の玄関口として重要な湊を擁し、多くの海洋民が交流と共生を繰り返してきました。一方では、交易の支配権をめぐる様々な権力の影響を受けており、その象徴として中世の城跡群や近代の戦争遺跡群も多く見られます。
また、日本で一番が隆起しているといわれる房総半島南部には、地球の成り立ちがわかる地層や海食洞穴などがあり、沖合には黒潮と親潮をもつため豊かな生態系をみることもできます。産業史をみても大きな業績をのこした科学者や企業人を輩出しており、豊かな教育・文化を継承してきた地域でもありました。
これらの特性から浮かび上がってくる地域像は、先人たちが培った〝平和・交流・共生〟の精神です。戦乱や災害を乗り越え、新しいものを生み出してきた先人たちの姿は、現代社会で忘れられている大切なものを教えてくれるのです。形にのこる文化・自然遺産ばかりではなく、先人たちが築いた知恵や歴史そのものを知り、語り継ぐことを通して、心なごむ豊かな地域社会が創造できるのではないでしょうか。