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(朝日新聞2010.6.12付)


泥田に恐る恐る入り、足を取られて悲鳴を上げる子、はしゃぐ子…。館山市で5月上旬、東京都中野区の子どもたちが田植えを体験した。

「子どもたちの声を聞くのは久しぶりだよ。いいもんだねえ」。受け入れ農家のお年寄りも表情がほころんだ。30分もしないうちに、子どもたちは泥んこになって、田植えを楽しんだ。

仲介したのは館山体験観光協議会(海老原斉会長)。館山市の海や里山を生かして、漁業や農業などの体験を希望する首都圏などの人たちに体験先を紹介している。地元の農海産物などを首都圏の各種催しの産直コーナーなどで販売もしている。

館山市と東京都中野区との交流は10年を超える。きっかけをつくったのは県立安房高校のOBたちだ。第19回卒業生で同じ3年5組で机を並べた仲間が十数年前に再会。そこで、中野区に住む1人から、館山市で電機工事会社を営む和泉俊明さん、純子さん夫妻(61)に相談が寄せられた。

「中野区の商店街活性化のために館山市の農産物や海産物を目玉に出来ないか」

和泉さんは館山体験観光協議会に協力を呼びかけた。中野区の商店街で、館山産び農海産物の直売が実現し、同区との交流事業に発展した。


●残留組の願い、徐々に浸透


和泉さん夫妻が子どものころは、高度成長の恩恵が地方にも及び、商店街にも活気があった。子どもの数も多かった。

1967年、安房高の19回卒業生は、その多くが古里を後にした。それぞれの思いを胸に、ある者は就職、ある者は進学のために首都圏に向かった。

いま、同市は小規模な農漁業と観光を除くと目ぼしい産業がない。人口は減り、高齢化も著しい。和泉さん夫妻らと同じ3年5組約50人のうち、館山市を含む南房総に残っているのは、十数人に過ぎない。

しかし、古里を元気にしたい、という和泉さんら地元残留組の願いや活動は、還暦を迎えてリタイヤ後の人生を考えるようになった。首都圏などに住む館山市出身者に、次第に浸透しつつあるようだ。

以前と比べて同窓会などの参加者が増えてきた。里帰りのついでに、和泉さんの店に立ち寄ってくれる人も。

「雑談ついでの情報交換が、思いがけない形で生きることもある」。和泉さんは手応えを感じている。


●活動きっかけ新たな出会い


中野区での和泉さんたちの活動を機に、館山と縁が生まれた人も。中野区の職員篠原文彦さん(55)は仲間と館山市に家を借り、数年前から農業を楽しんでいる。「畑は広くないが、都会暮らしなので、ぜいたくな気分になれる」。仲間を含め、全員東京で生まれ育ったが、篠原さんは退職後、館山で暮らすことを真剣に考えている。

数年前、館山市内で関係者が集まった際、館山体験観光協議会の海老原会長が言った。

「若い連中はみんな館山を出て行ってしまう。でもリタイアしたら帰ってきて欲しい」。地元に向けた一言だったが、それを聞いた篠原さんは「自分たちも役に立てるんだ」と感じたという。

館山市のNPO法人「安房文化遺産フォーラム」の愛沢伸雄代表は「団塊世代のエネルギーを古里再生に生かす好機だ」とみる。12日には市内で「まちづくりシンポジウム」がある。退職時期を迎えた団塊世代が、まちづくりにどうかかわるかが、テーマだ。

(福島五夫)

10年6月12日 10,526

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