!! 見る 聞く 学ぶ 集う 安房国(あわのくに)再発見 !! 千葉県・南房総・館山まるごと博物館

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先日は大変お世話様になり、有難うございました。

戦争遺跡も歴史遺跡の一つと言われ、眼からウロコでした。「地域まるごとミュージアム」構想はすばらしいですね。一度にすべて理解は出来ていないかもしれませんが、目指す方向の確かさを感じ、大変参考になり、勉強になりました。私達も倉敷でがんばっていこうと語り合いました。皆様のご活躍をお祈りします。

08年3月27日 2,496

【卒業論文=東京情報大学伊東敏朗ゼミ】

情報大ステーション2006「戦跡をめぐって知る郷土」の制作


この作品は、東京情報大学の学生たちが、「NPO南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム」の案内で、房総半島に遺された戦争遺跡を訪ね、自分たちの郷土の歴史と文化を考えたものである。

「NPO南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム」は、地域の自然や歴史、文化遺産を活用して心豊かな地域社会を創造しようという目的のもとに活動している。

番組は、中国から東京情報大学に留学してきた趙理さんと、その仲間たちが、房総の大房岬を訪れる場面から始まる。美しい緑の公園の中を進むと、その一角にトンネルが出現する。真っ暗なトンネルの奥に進むと、そこは行き止まりになっている。戦争当時、ここには巨大なサーチライトが格納されていたといわれるが、大学生たちには、その姿が想像できない。

大学生はその夜、県立大房岬少年自然の家に宿泊し、勉強会を開く。戦争前から戦争中にかけて、房総半島には、帝都、すなわち東京を守るための重要な軍事施設が多数構築されていることがわかり、そのほかの戦争遺跡についても調査していくことになる。

翌日から、大学生たちは、「NPO南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム」の佐藤さん夫妻をガイドにお願いして、房総の戦争遺跡を訪ねて歩く。まず、赤山といわれる小高い山に掘られた巨大な地下壕に入る。この地下壕は発電機室、倉庫や治療所などとして使われていたのではないかといわれている。壕の壁には60年前のツルハシの跡が鮮やかに残っている。大学生たちは冷えた地下壕の中で、戦争中の人々は何を考え、何をしていたのかに思いをはせる。

壕を出た大学生は、弾薬庫の跡や巨大な砲台跡を歩き、つぎに洲ノ崎海軍航空隊が作ったとされる地下壕へ向かう。地下壕の奥の部屋の天井にはコンクリートで制作された龍のレリーフが浮かび上がり、その力強い姿に、大学生たちは思わず息を呑む。この龍がどのような意図で制作されたのかは謎だという。

次に向かったのは洲崎海軍航空隊の射撃基地跡。標的となった壕の壁には、今でも弾丸の跡が遺されている。射撃場からほど近い場所には戦闘機を隠すための掩体壕(えんたいごう)と呼ばれる格納庫がある。かつて、この掩体壕にはゼロ戦が格納され、出撃に備えてエンジンが唸りをあげていたのであろう。

続いて向かったのは、震洋(しんよう)と呼ばれる特攻艇の発進用の滑り台の跡であった。震洋は250キロもの爆薬を積んで乗員もろとも敵艦に特攻するための高速のベニヤ製のボートであった。しかし、震洋の出撃態勢が整ったときは終戦を迎え、この場所から震洋が出撃したということはなかった。震洋の発進基地は、説明を聞かなければ古い船着き場のようにしか見えず、現代の風景に馴染んでいる様子が逆に印象にのこる。

次に、桜花(おうか)と呼ばれる特攻機のカタパルト(発射台)の跡を訪ねる。この施設の完成間近に戦争が終わり、ここから実際に発進した桜花はなかったという話を聞き、大学生はほっとする。

最後に、「NPO法人南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム」の事務局長、池田恵美子さんと、戦後の米軍の上陸地点である海岸に立って、同フォーラムの意義や活動についてお話しを聞き、大学生たちは戦争という時代の人々の営みに思いをめぐらし、現在の平和の意味について深く考えることとなる。

この番組を通じて、あまり知られていない房総の戦争遺跡というものについて、視聴者が関心を持ってくれればいいと思った。作品の評価としても、「一般公開されていない遺跡の映像を観ることができて良かった」、「NPOの方が、戦争遺跡を活用した地域文化活動に取り組んでいる様子に感銘を受けた」などの感想が多かった。戦争遺跡が千葉にあることを初めて知った人も少なからずいた。このような評価があったのは、第1に戦争遺跡そのものに映像的なインパクトがあったこと、第2に戦争を知らない大学生が、現地を取材してこのような番組を制作したことで、視聴者にとって新鮮な驚きや情報を与えたためではないかと思われる。反省点としては、限られた時間の中でたくさんの戦争遺跡を紹介したことで、やや詰め込みすぎの感のあることで、やはり14分間では説明しきれない部分が多かった。放送時間に限りのあるテレビ番組というものの難しさを痛感した。

番組の中での演出上の工夫として、戦争遺跡の現場に、特攻艇や特攻機の模型を置いて、レポーターと同じカットの中で撮影した"イメージ映像"を数カット挿入した。このような兵器のことを知らない若い視聴者にも具体的なイメージを抱いてもらうための配慮であったが、この手法の是非については、視聴者の評価が分かれるところであった。

この作品で伝えたかったことは、戦闘や空襲といった戦争体験だけが戦争だったのではなく、このような戦争のための施設が、房総半島に無数に設けられていった時代があり、多くの人々の営為があったということを、千葉に暮らす若者としても、しっかりと知ることの大切さである。このような遺跡の存在は、とりもなおさず、房総半島の地政学的重要性を示すものであり、長い歴史をふりかえってみれば、この土地での豊かな文化交流の足跡を見いだす`よすが'ともなるものなのである。そして、実はこのような歴史遺産は、どこの土地にも必ずあり、私たちに今もさまざまな問いかけを発しているのである。そのことに気がついたとき、私たちは郷土についてより深く考え、郷土を愛することができるようになるのだと思われる。


※本文中の「NPO法人南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム」は「安房文化遺産フォーラム」に改称。

06年8月3日 2,675

このたびの赤山壕のご案内、ありがとうございます。

充実した小冊子と池田さんの明解な解説で、奥行きの深い戦争遺産の

存在が脳裏に焼き付けられました。

地方紙配信のコラムで、ぜひ取り上げたく思います。

益々のご発展とご健勝をお祈りし、ひとこと御礼を申し上げます。

私のミニ・ブログ≪なかもりトピックス≫を送りますので、

目を通して見てください。ご意見頂けたらうれしいですね。

スナップ写真、添付しました。

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日本旅行作家協会会員

テレビ・ラジオ・レジャー記者会

美ら島沖縄大使 薩摩大使(鹿児島県)

(前スポーツニッポン新聞社編集委員)

09年7月8日 10,116

先日は私達のために、お忙しい中貴重な時間を割いて頂き、ありがとうございました。愛沢先生のお話、そして館山戦争遺跡の見学を通し、改めて戦争の恐ろしさ、そして現在の日本の豊かさを感じました。

私達は戦争の経験がなく、テレビを通して世界で起こっている戦争についての情報を得たり、祖父母などから戦争当時の話を聞くことしかなく、あまり実感がありませんでした。しかし赤山地下壕の中を歩き、その中で恐怖を感じ、地下壕から出て外の光を見た時には、ほっといたしました。

現在、北朝鮮の核問題やイラクでの戦争、テロなど、世界ではまだまだ争いが絶えず、恐ろしい事件が多くあります。しかし、これからの世界を担っていく私達は、今回の研修旅行で学んだこと、感じたことを生かし、歴史をきちんと理解して、二度と同じ過ちを繰り返さないよう伝えていかなくては、と感じました。

今回のような素晴らしい機会をあたえていただき、感謝しております。皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。

06年10月13日 2,573

本日はお世話になりました。

急遽のお願いでありましたが快く引き受けてくださりありがとうございました。

ご案内をいただいた池田事務局長、斎藤さまには大変お世話になりました。

ありがとうございます。

パワーポイントでのわかりやすい解説と共に、現地をめぐらせていただきとても勉強になりました。

私は、横浜の育ちです。広島や沖縄には何度も組合研修により行っていますが、

もっと身近な館山の過去の現実についてはまったく知りませんでした。

これを機会に勉強をしてもっとしていきたいと思います。

今後も定期的に館山を訪問さていただきたいと考えています。

今後も、JR東労組ならびに私たちの田端運転所分会をよろしくお願いします。

09年10月5日 9,357

5月28日は大変お世話になり、ありがとうございました。

貴重なお話や「逆さ日本地図」は、本当にそのとおりですね。

今の日本の人たちは「戦争の事実」を殆ど知らされていません。

戦争をねじ曲げようとする力に負けないよう、

ひとりでも多くの方々にNPOの皆さんのお話や

「房総の戦跡」を見学してもらい真実を知ってほしい。

そしてこれを機会に一人でも多くの方々に

「憲法九条」の大切さを知ってもらいたいですね。

私達もNPOのお2人のお話を伝えていきたいと思います。

本当にありがとうございました。

05年5月28日 2,654

中央学院大学・現代社会と法コース1年

2016年6月16日・19日

館山合宿巡検の内容がブログで紹介されました。

http://blogs.yahoo.co.jp/gensya_course

16年6月19日 18,592

ふくしかん旅行〜安房の文化遺産を巡る初冬の旅行

‥⇒印刷用PDF

[ .. 全文表示へ ]

18年11月18日 939

先日は本当に有り難うございました。参加者一同全然知らなかったことで,とても印象深かったようで喜んでいました。 戦争の遺跡をきちんと残し伝えていくことが、だんだんときな臭くなっていく今の世の中だからこそ、とても大切な事だと思いました。戦争の遺跡は沖縄だけでなくこんなに身近なところにもあった、よく見回してにればもっと身近にもあるかも知れないと、つくづく考えました。 夕食前には「海ホタル」を見せて頂き感激し、翌日は野島崎、千倉。マザー牧場を回って帰りました。

今後も貴重なみなさんの運動が、ますます発展することを祈っています。

有り難うございました

06年8月27日 2,361

「館山戦争遺跡」見学会に参加して


2008年10月18日に行われた題記見学会に参加しました。参加者は、館山駅に10時ごろ集合し、マイクロバスに乗り込みました。最初に市内のホテルに行き、ここで「館山戦争遺跡」の説明を受けました。説明者は、NPO法人「安房文化遺産フォーラム」の愛沢氏で、戦時中の新聞などの写真パネルなどが掲示されていました。館山は硫黄島と密接な関係があり、米軍が上陸した硫黄島での戦闘で館山で訓練を受けた多くの兵士が戦死したとのことです。

館山に15年戦争の遺跡があるというのは、浅学の身には初耳でした。

「たてやま夕日海岸ホテル」で昼食をとりました。地魚サンガ焼き定食が美味でした。食後にマイクロバスにのって遺跡めぐりが始まりました。最初に着いた所は、赤山地下壕で海上自衛隊館山基地の近くにあります。総延長約2㎞の地下壕の一部と燃料タンク基地跡を見学しました。ほとんど素堀りのまま使用されたそうで、ツルハシの痕がのこっています。建設の資料が無いそうで、建設の由来は全く不明だそうです。中はジメジメした感じがなく乾燥しており、天井も高くて普通の姿勢で歩く事ができました。数少ない証言から推察して、全国でも極めて珍しい航空要塞的な機能をもった地下壕ではないか、とのことでした。

この近くには敵機から戦闘機をかくすための格納庫「掩体壕」があります。またマイクロバスに乗って、128高地「戦闘指揮所」「作戦室」「地下壕」、さらに、「噫従軍慰安婦石碑」を見学し、最後に山の中に入り込んで洲崎第二砲台を見学、さらに民家の庭にある砲側庫(爆弾をいれておく庫)を見学しました。16時30分館山駅で解散しましたが、普段忘れている第2次世界大戦を肌身に感じた一日でした。

蛇足ながら、日本全国に残っている戦争遺跡について調査した本(編著=戦争遺跡保存全国ネットワーク、発行=平凡社出版)が発刊されています。


東京湾海堡ファンクラブ会報№24より

08年10月18日 3,107

特定非営利活動法人(NPO) 安房文化遺産フォーラム

旧称:南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム(2008年5月に現在の名称に変更)

〒294-0045 千葉県館山市北条1721-1

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