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先日、里見八犬伝ツアーに参加した者です!

バスの一番後ろで、席の離れた夫婦で23年ぶりの

夫婦での旅行と言えばお分かりになるかも・・・・。

館山の皆さん(ホテル従業員、鈴木さん他ガイドさん、市役所職員の方)、

もちろん愛沢さんのお嬢さんも含め、皆さまの情熱が伝わってきました。

私も九十九里(山武郡松尾町)の生まれですが、観光らしきものがありません。

館山〜九十九里〜銚子までの観光ルートができると、

観光客が宿泊し大きな観光資源ができますね!

本当にお世話になりました!

お嬢さんは、2日間気を使って大変だったでしょう。

よろしくお伝えください。


追伸:

道の駅富楽里で差し入れていただいた、大福?

おいしかったですよ!

07年4月14日 1,718

フィールドワークでは、大変お世話になりました。

今回は、「看護歴史学会」で天羽道子氏のお話を伺い、

「かにた婦人の村」に興味感心を持ち参加をしました。

しかし、身近な地域で戦争遺跡があることに驚き、感動いたしました。

予想以上の貴重な体験学習ができましたことに、感謝申し上げます。

若い学生たちが、平和学習や歴史を学ぶ姿もうれしく思いました。

また、帰りにいただきましたDVDと資料は、内容をみましたら大変貴重なものでした。

学生にも伝えたいと思います。ありがとうございました。

どうぞ、益々の会のご発展とご活躍をお祈り申し上げます。

メールで申し訳ありませんがお礼まで。

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16年10月23日 15,022

観光リーダー養成講座

※着地型観光の体験として、1時間のみ赤山を案内。

.

*文化遺産・自然をガイドさんを通じて視察でき勉強になりました。色々な人と協力しあってプログラムができる事で大きな力になる実感が一つできました。

*史跡見学、説明が新たな発見でビックリした。赤山地下壕は戦争遺跡としての生々しさが残されていた。地元の文化遺跡も観光として生かされていけば、別の見方ができるかも知れない。

*売れる資産だと思います。30年以上千葉に住んでいて初めて知りました。しかし、やはり運営団体(保存管理)、人材あってのことと思いました。

*安房の方が知らないことは知らないとはっきり言っていただき、企業が運営しているような美術館、土産物店とは違ったよさを感じることができました。

*大変興味を持って聴くことができました。

*@軍施設が“観光資源”になり得ることに驚き、A史実を調査し案内マニュアル作成等の作業をしておられるボランティアに感動、B個人的にも大いに興味を持ちました。

*赤山海軍遺跡、初めて知りました。

*スタッフの方の情熱が感じられました。地下壕にも圧倒されました。

*戦時中のみならず地質学の話も聞けて面白かったです。観光といささか毛色が違う遺跡を楽しめるのはガイドの方の力が大きいと思います。

*施設は全く違いますが、現在市川市のボランティアガイド市川案内人の会と似たオペレーションであるなと思いました。但し、市川市では殆どが無料で実施されているのに較べ、両方ともおよそ同額の一人当たり2.5時間¥1,500が支払われるとか。料金に応じたスキルが発揮されえる事を願う。

*資源としての開発途上だと感じた。戦争の歴史遺産から学ぶもの多し。今後、歴史教育と観光的資源としての活用が期待できそう。

*かかとを痛めていたため、かばって歩いていたところ階段でひねってしまい歩行困難のため現地見学は休ませていただきました。残念です。

*見たいと思っていたので良かった。お客様へ案内したい。

*1つの箇所で複数のことが知れることが面白かった。また、史料を基にした想像での説明などもロマンがあって、ガイドがあるとないとでは、気持ちが違うことがわかった。

*何回か館山市には来ているのですが、沖ノ島・赤山とも初めてで、関わっているNPOの人達の熱い想いが感じられた。

*ご説明が丁寧でわかりやすかったです。

*保存しなければという雰囲気はわかった。

*初めて館山に来たので、こんな資源があったのかとびっくりしました。

*地域に存在する歴史遺産がある館山独自のプログラムだと思います。資料が焼却されてわからない点もあるようですが、もう少し深い解説があると良かったと思います。

*保存も含め、NPO法人安房文化遺産フォーラムの方たちの大変な苦労で今日に至ったと感じられました。

*全く知らなかった。しかし良いものであると思う。もっと多くの人に体験してもらうべきコンテンツ。

*社会教育としては有効だが、いわゆる観光面からいうと特にアトラクティブというには値しない。

*戦争の負の楳―自、防空壕の中を歩く体験、リピーターはあるのかなー、戦争の遺産を後世に伝えるか、他には利用方法はないのか。

*住みたいまちが訪れたいまち、大変参考になりました。

*まだ完全ではない形だが、向上していこうという気持ちがつたわってきて、とても温かみがあった。

*とても良かった。

*素晴らしい歴史遺跡だと思います。平和の尊さをガイドさんの説明で感じました。沖ノ島も先にいかに観光ガイドの大切さを実感しました。我が町もボランティガイドの育成に努力していきたいと思います。

*解説はもう少しじっくり聞いてみたかったです。

*館山にこんな大きな基地の跡があったのですね(大網の日立工場跡にも匹敵する規模とも)。参考になりました。

*学生団体にすすめると良いのかなと思いました。

*これまで何回か赤山ガイドを見学させて頂いていますが、ガイドさんにより紹介するものが違ったのが気になりました。

*防空壕のガイドの説明がわかり易かったです。

*良い資源とそれを愛する人々が見事に地域を活かしていました。

*そう少し説明がほしかったです。

*館山の歴史を感じることができました。

*歴史・文化を肌で感じ知ることができました。地元でも歴史・文化を調査し、自分も学び活かせていきます。そして赤山地下壕跡も自分なりに活かせるようがんばります。

*沖ノ島は説明も詳しくまた行ってみたいと思えるが、軍事施設は今回の主旨に合致しないように見えます(個人的に好きになれないかもしれませんが)。活動されていらっしゃった方々にはもう少し具体的で詳しい説明を期待したいですね。

*純粋に観光客として興味深く見させて頂きました。戦争遺跡としてもそうですが、キノコ研究遺跡としても興味深かったです。ツルハシの跡ひとつひとつに言葉にならない感慨を覚えました。

*非常に興味深い史跡でした。

*「地下壕」という普段、縁のない歴史遺産を見学でき、当時の様子が残されていることの素晴らしさを感じました。「地下壕」と一言で言ってもその仕組みに工夫された箇所が見られ、当時の人々の智恵が感じられました。

*初めて壕の中に入ったが、スケールが大きく想像以上だった。ガイドによる説明は良いが看板(解説)もあったら良いのでは。

*いずれも県内の活動体として有名でありプログラムとしての完成度が高く参考になりました。ただしいずれも短時間の駆け足だったので、着地型観光の実地体験のためのカリキュラムとしてはいずれかのプログラムに収れんしても良かったのではないでしょうか?

09年12月18日 10,223

この度は皆様から暖かいおもてなしを受け参加者一同深く感謝していました。

館山、南房総の奥深い世界に触れ、感慨深いものがありました。スタッフの皆さんの情熱が地域の歴史文化を掘り起こし、地域住民と地域の活性化と言う福留先生のまちづくりの実践モデルを実感しました。

また、恩師成瀬政男先生の顕彰もしておられるとか、私は成瀬先生から直接講義を受け、ものづくりには科学、技術、技能の統合が必要という思想が、私のその後の人生指針となっています。

またいろいろとお話をお聞きしたいと思っています。今後ともご指導、ご協力を宜しくお願い致します。

13年11月26日 9,885

梅雨の合間に見せる陽射しに初夏の眩しさを感じる今日この頃ですが、貴会皆様お元気でご活躍のこととお慶び申し上げます。

先日、私の所属しておる木更津市岩根公民館の活動サークル郷土史研究講座の移動研修で、館山市の戦跡見学に参加しました。

数々の戦争の傷跡をみて廻り、途中で出会った市内の小学生たちと丁度同年代にあの戦争体験を持つ一人として、非常に感慨深いものがらいました。

特に、見学コースにはなかったが、従軍慰安婦の碑≠ニそのいわれについて、一入の感慨を深くしたのです。というには、私はいまの居住区にあるシャンソンの会に入っておりまして、そこで知ったのが、三輪明宏さんの唄のなかにある「祖国と女達」(従軍慰安婦の唄)です。

この歌詞とガイド誌にあった従軍慰安婦の告白が共通するところがあり、この唄の訴えるものを更に強く心に感じたのです。この機関紙「トレ・ビアン」7月号にこの文を紹介し、三輪さんの唄を歌いたいと思うのです。

戦争の持つ惨酷さの一面を、平和のなかで少しのんびりしすぎた日本人の心に訴えたい、平和の願いを…。僅か20〜30人位の人達の集いですが、機会を持ちたいと思っております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

06年6月21日 1,577

去る5月26日、16名で”じろえむ”にてお話伺い、そのあともさまざまな場所をご案内いただいたうちの一人です。私たちに知らされていなかった、終戦直後のことなど、大変勉強になりました。本当にありがとうございました。

実は、土曜日、別の友人(若い時の知り合いでやはり年齢は似たような仲間)に、安房文化遺産フォーラムの話をしました。若いころ、横浜市青葉台で、「青葉台子どもを守る会」というグループで、勉強会、バザー等を行っていましたが、その主宰者が、2001年突然くも膜下出血でなくなりました。そのあと、彼女をしのんで、毎年「あじさいの会」という食事会を続けています。

このたび、ご主人から「青葉台子どもを守る会」名義の預金が出てきたとの連絡があり、それを、故人の意志並びに私たちの気持ちとして、できるだけ、こどもたちに役立つところに寄付することで話し合いをしました。そのうちのひとつとして貴フォーラムに、わずかですが2万円寄付させていただくことに決まりました。別に、「青葉台子どもを守る会」の古い新聞を参考のために送らせていただきます。



■青葉台子どもを守る会とは...

昭和41年4月、この青葉台に電車が開通したとき、ここに住み始めた共働きのお母さんたち数人が保育所を作るために会(保育の会)をつくったのがはじまりです。やがてこの地域にも保育所や幼稚園が出来、子どもたちも成長するにつれて、子どもに関する問題は保育所のみならず、障害をもった子どもたちのこと、カギッ子と呼ばれる小学生たちのこと、数の足りない高校のことなど大きく拡がってきました。そこであらためて「子どもを守る会」と改称し、青葉台地域におけるすべての子どもたちのよりよき環境づくりを目的として協力し、活動しています。

8年に及ぶ活動の中で、「緑区青少年図書館」がつくられるときいて、「青年の会」の方々と手を結んでの署名活動等によって青葉台と市に働きかけ、現在の青葉台2丁目に誘致することが出来ました。そして初めの構想には無かった集会室を加えて貰いたいと要求し、設計変更によって付け加えられ、地域の集会の場として役立っている様です。又、年2回のバザーによって活動費づくりと恵まれぬ子ども達のいる施設と地域への寄付(文庫のロッカー、遊園地の遊具、時計等)をしたり、読売新聞社と和光堂の後援による乳児健診、現在迄48号に及ぶニュースの発行、時々の会員の話し合いなどの活動を行なうほか、別に障害児の問題を考える「さくらんぼ会」、学童保育「ちびっ子の家」などにも会員が取り組んでいます。会に入り、私たちと一しょに話し合ったり活動したりなさいませんか。会費は半年400円です。

…青葉台子どもを守る会(旧・保育の会)ニュース48(S.50.12.15発行)より

09年5月26日 7,061

去る3月14日、五井九条の会による館山の戦跡めぐりが行なわれ、一行33名中の一人として参加しました。

地元ボランティアの方々のガイドで赤山地下壕から見学しましたが、中には御真影を安置する奉安殿まで造られていました。

「128高地」の地下壕では、砂岩の壕壁に岩肌を削って扁額を造り、上級指揮官の揮毫と思われる達筆で「戦闘指揮所」「作戦室」などの文字が彫られていました。戦後65年が過ぎても、はっきりと読み取れることに驚きました。圧巻だったのは、戦闘指揮所の天井に、見事な龍が彫られていたことです。兵士の中に彫刻に巧みな人物がいたのでしょう。壕の竣工は昭和19年12月とあり、全国から招集された兵士を昼夜兼行で掘削させたのだと思います。しかし本土決戦が叫ばれる中、いつ戦場と化すかわからぬ状況下で、彼らはどのような気持ちで扁額の文字や龍を彫っていたのだろう。

128高地の眼下には海上自衛隊館山航空基地があり、そこから飛び立ったヘリコプターの騒音が、私たちにはかなり気になりました。このことからも、普天間の米軍基地に対する沖縄県民の怒りが万分の一ほどは理解できたように思います。

この後、戦闘機の掩体壕や従軍慰安婦の碑を見学して戦跡めぐりを終え、最後に一面のポピー畑でポピー摘み放題をおこない帰路に。戦時中は花の栽培も禁じたというが、こうした花摘みができるのも、平和であってこそという事をつくづく感じ取った一日でした。最後に、貴重な戦跡を守り、わたしたちを案内して下さったNPOの方々に、心から感謝申し上げます。

10年3月14日 10,507

5月28日は大変お世話になり、ありがとうございました。

貴重なお話や「逆さ日本地図」は、本当にそのとおりですね。

今の日本の人たちは「戦争の事実」を殆ど知らされていません。

戦争をねじ曲げようとする力に負けないよう、

ひとりでも多くの方々にNPOの皆さんのお話や

「房総の戦跡」を見学してもらい真実を知ってほしい。

そしてこれを機会に一人でも多くの方々に

「憲法九条」の大切さを知ってもらいたいですね。

私達もNPOのお2人のお話を伝えていきたいと思います。

本当にありがとうございました。

05年5月28日 1,757

◎戦争の犠牲者はいつも市民と子ども


千葉では海藻を焼いてできる海藻灰を火薬の原料にしようと漁民たちを総動員してカジメ・アラメ採集に走らせ、花を作る農民は国賊と言われ厳しく取り締まられて花畑は芋畑と化し、子どもたちは夜間のゲリラ戦に備えて敵味方を判断するための夜光塗料の原料としてウミホタル採集に従事させられました。花作りを守った方、ウミホタルの採集をさせられた方の証言もありました。全国シンポ交流会では、そのウミホタルの美しい光を実際に見せていただきました。 戦時にはかなり愚かしいことがまことしやかに行われ、罪のない住民や子どもが苦難を強いられます。そして茂原の航空隊基地の建設、桜花四三乙型基地建設、赤山地下壕の掘削など、いずれも朝鮮人労働者が関わっています。全国の戦争遺跡それぞれは何のために誰がつくったのか、そしてそこから何を学ぶかは大きな課題ですが、戦争遺跡保存や調査研究には、市民・子どもの視点を忘れないようにしたいと思います。

04年8月22日 3,231

一昨日は大変お世話になりました。有意義な一日を過ごせまして有難うございました。

中学生の皆さんとご一緒出来、とくにこういったことこそ

大勢の子供や若者に関心を持って貰いたいと思うのです。

世界に不穏な動きのある今ですから、なお過去を正しく知ることが大切ではないでしょうか。

戦中戦後の日本を見てきた者として強く思います。

神作様とフェスティバルを見に行きまして、原爆の怖さを改めて感じました。

決して忘れはいませんけれど、近頃日本人は関心が薄くなっているような気がします。

展示が人通りの多い場所で出来るといいですね。

今日は御礼と感想まで申します。有難うございました。お元気でご活躍を祈ります。

04年7月2日 3,800

特定非営利活動法人(NPO) 安房文化遺産フォーラム

旧称:南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム(2008年5月に現在の名称に変更)

〒294-0036 千葉県館山市館山1016-1さらしな館

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