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●今回の見学では、戦跡や四面石塔などの具体的な内容だけではなく、「学ぶ」という本質を学んだ。自分の興味のあること意外の内容でも、新たな発見ができるように視野を広くしていきたいと思った。
●見学会では様々な事を学んだと思います。安房博物館で食べた昼食は海を見ながらだったので、普段食べている昼食よりも格別においしかったです(写真)。今回学んだ事を、これからの学習につなげられるようにしたいと思います。
●今日の見学会は初めて参加したものでしたが、学ぶものが多くありました。安房はアワビの水揚げ量が日本屈指なもので、千葉はピーナッツだけではないと思いました。
●今回の見学会は、非常に充実していました。そうして勉強になりました。戦争とそう渫は、皆知っているのに、その非しさや犠牲になった人々の悲しみは、僕達には分からない事であり、体験した方々にしか分かりません。その傷跡を本日、真の今さりにし、唯々、衝撃、そして悲しみが一気に押し寄せました。
●授業、事前学習等で戦争遺跡の話は聞いていたが、相変わらず千葉にイメージが結びつかなかった。しかし今回の文字通り貴重な体験によって史実の一片を知れた。四面石塔は驚く程適当に置いてあるように見え、「地元の人にとっては普通の物」という印象を受けた。
●今回の見学会では思っていたよりも多くのことを学んだ。例えば、慰安婦の事はなんとなくは知っていたが、今日さらに詳しく知る事ができてとても勉強になった。
●今日館山に行って、いろんな場所を見てたくさん話を聞いてとても勉強になりました。こんな身近な所で今日聞いたような辛い歴史があったことを知ってとても驚いて、もっといろんな事を知りたいなと思いました。
●のしにアワビとか海軍は左から書くとかおもしろい話がいっぱいあっておもしろかった。辛い歴史があることを知らなかったことが悲しかった。
●初めて見学会に参加して、普段自分が行かないようなところを見ることができたので、とてもよい経験ができました。房総についてはあまりくわしくは知らないので、これからも色々知っていきたいです。
●初めての見学会で、様々な事に刺激を受けたと思います。捕鯨や戦跡、千葉にもたくさんの伝統があって、しかしそれは生活の上で忘れられたり、隠されようとしていたり。知りたいと思う事と知ってほしいと声をあげることの大事さを学び始めた気がします。
●初めての見学会は、いろんな事が勉強になりました。大巌院四面石塔には四つの国の言葉で「南無阿弥陀仏」と書いてあること(写真)、「アマさん」には男性と女性両方いること、ウミホタルには悲しい過去があったこと等がわかりました。これからももっと知っていきたいです。
●今回のプロジェクト見学会は非常に楽しむことができました。特に、最後の四面石塔は感動しました。四面石塔はどんな想いで創られたのでしょうか。僕は、色んな本を読んだので、四面石塔には何かの暗号文があると思っています。いや、あってほしい。
●今日、見学会で館山に行って、すごく勉強になりました。館山は何回も来ているけど、今日また新たな館山を垣間見られてよかったです。特にかにた婦人の村の教会に行った時に自分の知らなかった世界を知ることができました。
第14回里見の道ウォーキング
〜白浜城跡から稲村城跡へ〜
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15世紀の中ごろ、安房里見氏の祖である里見義実は、太平洋海運の拠点であった白浜に上陸し、白浜城を奪取して安房支配のスタートをきりました。やがて安房国府を眼下にする要衝に稲村城を構築して本城としましたが、16世紀に天文の内乱がおこり、稲村城は廃城となっていまいました。春の里山に、かつて里見義実たちが歩いた古道をたずねて里見氏の歴史にふれてみませんか。
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【日時】2006年3月12日(日)8時45分受付/9時00分出発
【集合】館山市中央公民館(館山市コミュニティセンター)第1駐車場
【参加費】300円 (マップ・保険料代込み) *昼食は各自ご持参ください。
【講師】川崎 勝丸 氏 (千葉県山岳史研究会)
【行程】 白浜役場 → 杖珠院 → 白浜城跡
→ 馬頭観音 → 畑地区 ≪昼食予定≫ → 乙王の墓 → 道標
→ 浅間様(せんげん) → 切割 → 稲村城跡
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総勢6名の参加で3月20日に行われた戦争遺跡見学での私の感想を報告します。
感想は人それぞれと思いますので、これはあくまで私の感想です。
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1.米占領軍本体初上陸地点
現地には看板も何もない。砂浜というよりもコンクリートで固められている。普通との違いは近くの陸地には自衛隊の施設があること。施設があって近寄れない部分もある。そもそも上陸地点が館山の海岸だったことは確かだが、さらに細かく指定しようとすると、推定が入ってくるようである。
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2.赤山地下壕
常時一般公開されている。見学者が入れる部分は、天井も高く、幅も広い。地下壕の立派さ(幅、高さ、掘り具合など)で、今まで見学した、松代、松本(里山辺)、浅川、の地下壕に対比すると、松代大本営予定地下壕に似ている。軍の機密性の高いものの格納基地、戦闘指揮所、野戦病院のような医療施設として実際に使われていたと推定されているが、この大きさならそれもありうることと納得させられる。今まで見た地下壕と違って、軍事施設の隣にある地下壕という特色が出ている。
壕の表面にはツルハシの跡がきれいに残っている。それも一部の部分ではなく、全面的に。ツルハシで地下壕を掘り進んだとすると、膨大な人手を要しただろうと推定される。しかしどのように作ったのか、期間を含めてほとんど分かっていない。
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3.戦闘機用掩体壕
敵の爆撃から戦闘機を守るため、斜面に造られた格納庫。屋根部分(コンクリート)には土が盛られ、草が生えているので、上空から見つけられにくい。住宅と畑が混ざったところに、一つだけ残されている。立ち入れないように周りに紐が貼ってあるだけで、看板等は一切出ていない。
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4.本土決戦抵抗地点128高地。戦闘指揮所、作戦室、地下壕
敵上陸を阻止することを目的に作られた設備。館山の海岸、基地を見下ろす、小高い山の中腹にある。遠くには三浦半島も見える。本土決戦を想定したときの最前線。
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5.「噫(ああ) 従軍慰安婦」の石碑。
なぜここにこのような石碑が立っているのかは複雑になるので省略。従軍慰安婦のことが世の中に明らかになり、考えられるようになった、そのトリガーになったものである。戦争の一つの重大な側面を考えるトリガーになる場所である。
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6.戦争遺跡見学をどのように生かすか。
今までの遺跡見学では、保存活動をやっている方の説明を聞きながらの見学だったが、今回は「自分たちだけで見に行く、だから事前に調べられることは調べていこう」とい言う設定だった。
私は時間軸に注目してみた。「占領軍本土初上陸」では、ポツダム宣言発表、同受諾、降伏文書調印、占領軍上陸、という流れに注目。その中に原爆投下が入ってくる。
館山海軍航空隊の設置から敗戦までの15年間という視点での歴史も意識される。丁度15年戦争と重なっている。このように時間軸を考えながら戦争遺跡を見学することも、学びの深化につながることだと感じた。
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7.戦争遺跡の説明活動をやってくださる方々の存在価値
今回はひょんなことから、見学の途中から館山の戦争遺跡の保存活動をやられている方の説明をいただくことができるようになり(その経緯は省略)、そのような説明を受けることのありがたさを実感した。前項で示したようなことも必要だが、それだけでは学べないことは沢山ある。可能な限り、専門家に説明いただくことが大事とつくづく思う。
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そのほか感じたことはたくさんありますが、とりあえずこれで終わりにします。
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※参考=立教立花組戦争遺跡研究班
「しんぶん赤旗」日曜版
2009.1.18付
戦国武将ブームの現場
-信長、家康よりも石田三成、直江兼続- 戦国武将人気
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上杉謙信、真田幸村、伊達政宗、石田三成・・・。若い女性に戦国武将が大人気です。書籍やグッズがよく売れ、各地でイベントが開かれ、戦国ロマンツアーも。何が魅力なのか。ブームの現場を歩いてみました。
《玄間太郎記者》
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■コスプレ 手作り80着「変身したい」
千葉県にある館山城跡。『南総里見八犬伝』(曲亭馬琴)のモデル、里見氏の居城です。 ここで昨年、春と秋の2回 「戦国コスプレ(仮装)大会」が開かれました。全国のコスプレイヤーと地元の手作り甲冑(かっちゅう)武者が80人余参加。殺陣の演武などでにぎわいました。主催は、里見氏の城跡保存や活用に取り組んでいるNPO法人安房文化遺産フォーラム(愛沢伸雄代表)。
コスプレイヤーの大道寺鎌さん(31歳、会社員)に聞きました。
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-なぜ戦国武将?-
「子どものころからアニメやゲームが大好きで、何かに変身したいと思いました。高校生のときは歴史が得意で、戦国武将に興味をもち、いろいろ調べました。一本筋を通した石田三成などの生き方にひかれました」
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-コスプレ歴何年?-
「14年。武将のコスプレ、約80着作りました。手間ひまがかかり、神経を使うので、完成した瞬間はほんとにうれしい」
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-武将の地へも?-
「ええ、コスプレ作りの勉強のために。上田城や大坂城、関ヶ原にも行きました」
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■専門店 来店者6割 10代、20代の女性
東京・神田小川町。ブームを象徴するような店があります。その名も「時代屋」。 1階は、1万5千冊余の書籍(新刊・古書)。作家400人余の時代・歴史小説、歴史専門書をそろえています。NHK大河ドラマ「天地人」コーナーもあります。 2階はグッズ。戦国武将Tシャツやのぼり旗、ストラップ、合戦ゲーム・・・。その数約2万点。 土曜・日曜は6割が10〜20代の女性客です。 2階には、戦国メニューの「茶屋」も。ここで2〜3時間“武将談義”をしたり、待ち合わせて武将の地へ旅行したり。
このブームは、どこからきているのでしょう。女将(おかみ)の宮本みゆきさん(33)は、こう見ています。
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店に若い女性が増えたのは、戦国もののゲームソフトや、ジャニーズ系タレントが出演するNHK大河ドラマなどの影響ではないか、と。
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グッズの売れ筋などから見えてくる特徴は?
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かつては織田信長や豊臣秀吉、徳川家康といった“勝ち組”の英傑が人気でした。が、今の若い女性は、真田幸村や石田三成など“負け組”の武将、さらには伊達政宗の懐刀・片倉小十郎や上杉景勝の若き参謀・直江兼続(かねつぐ)といった2、3番手の武将に心を寄せているといいます。
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男性が合戦の戦略・戦術に関心を向けるのに対し、女性は?
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「戦国武将に理想の男性像を求めている、とも違うんですね。死を覚悟した鮮烈な生き方、個性豊かな人間像にひかれるようです。図書館で調べ、本を買い込み、すごい知識です」。そして楽しそうにこうも。「一度ハマったらキケンです」
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○著者番付(時代屋)
横綱 佐伯 泰英 (『陽炎の辻』居眠り磐音シリーズなど)
大関 司馬 遼太郎 (『竜馬がゆく』、『功名が辻』、『夏草の賦』、『国盗り物語』など)
大関 池波 正太郎 (『鬼平犯科帳』、『剣客商売』、『真田太平記』など)
関脇 北方 謙三 (『三国志』、『水滸伝』など)
小結 風野 真知雄
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○人気武将
1 真田 幸村
2 伊達 政宗
3 石田 三成
4 直江 兼続
5 上杉 謙信
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■関ヶ原 事前に勉強 史跡めぐり
戦国時代の合戦といえば、やはり“天下分け目の関ヶ原”(岐阜県)。東軍・徳川家康と西軍・石田三成の激戦地です。古戦場を訪ねる若い女性がふえています。
「みなさん、よく勉強しています。ガイドを必要としないほどです。戦国武将への興味を機に、歴史への関心を広げてくれればうれしいですよ」
関ヶ原町歴史民俗資料館の高木優栄館長です。
関ヶ原には史跡が点在。女性が巡るのは、主に三成軍の陣跡や墓です。 笹尾山にある三成の陣跡。竹矢来を二重に巡らし、前面に島左近、中間に蒲生郷舎(がもう・さといえ※赤旗では「いえさと」とあったが誤植だろう)を配置。三成は山頂で指揮。が、たたかいに敗れ、敗走中に捕縛され、京の六条河原で処刑されます。
三成はどんな思いで死んでいったのか。悲運の武将にだれもが思いを馳せるのでしょう。
石田方の大谷吉継(よしつぐ)。人気の武将の一人です。ハンセン病を患い、戦場では輿(こし)に乗って指揮。その大谷の墓は、杉木立の中。墓前に菊の花が手向けられていました。
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佐賀市からきた森祐子さん(24)は、メモ帳を手に史跡を歩いていました。岐阜市内で地元のサガン鳥栖(とす)のサッカー試合を見た後、関ヶ原に足を延ばしました。
関ヶ原の合戦は、教科書で知ってはいました。が、どんな武将たちの、どういうたたかいだったのか。現地を歩いて学びたかったのです。
「勝っても負けても、戦国武将にはさまざまなドラマがあったんですね。きてよかった。大谷吉継、なんだか好きになりそう」
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識者こうみる
愛のカブトを政治にも -NHK大河「天地人」の原作者、作家 火坂 雅志さん-
戦国武将には、強い覚悟、凛々(りり)しさがあります。女性たちは今の男性とくらべ、武将に感情移入するのかもしれません。
例えば、『天地人』の主人公・直江兼続。「長高く、姿容美しく、言語晴朗なり」と伝えられています。 兼続に人気が集まるのは、彼が貫く「義と愛」からでしょう。乱世の中の謀略、裏切り、「利」のみの行動原理。が、兼続は「利」より「義」(道義)を重んじました。
兼続は兜(かぶと)の前立てに「愛」という文字をかかげました。「愛」とは人を思いやり、慈しむ心です。たとえ不利益をこうむっても弱者をかばい、助けることなんです。「愛」は、今の政治家にもっとも欠けています。若い女性たちはきっと、そこに兼続への思いを重ねるのでしょう。
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想像膨らむサブキャラ -時代劇コラムニスト ペリー・荻野さん-
アイドルの新陳代謝がすごく緩いんです。かげりがあるといっても、いまだにSMAPです。スーパースター・ヒーローが出ていません。 昔のような時代劇の人気シリーズがなくなり、若い女性が時代劇から離れていました。でも、ゲームやテレビの大河ドラマに戦国ものが現われてきた。戦国武将は、いつも死と隣り合って、波乱万丈。そんな生き方が、新鮮だったのでしょう。 そのうち“自分だけのアイドル”がほしくなる。有名な武将ではなく、サブキャラクターに心を寄せ、自由に想像をふくらませていくんです。 それに戦国時代はファッショナブルです。直江兼続の兜には「愛」をかたどった前立てが付けられ、甲冑の下の着衣も美しい。女性はストーリー性とファッション性にとても敏感なのです。
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