!! 見る 聞く 学ぶ 集う 安房国(あわのくに)再発見 !! 千葉県・南房総・館山まるごと博物館

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鋸南町在住の画家溝口七生(かずお)さん(73)や美術家グループ「安房・平和のための美術展」有志らが組織した実行委員会は「戦没画学生たちが いまに遺す いのちの叫び」をテーマに、窪島誠一郎・無言館館主の講演会などを10日、館山市の県南総文化ホールで開催する。

無言館(長野県上田市)は、戦没した画学生の遺作などを展示する美術館。第二次世界大戦に出征し、亡くなるまで命を輝かせ、キャンバスに向かい続けた画学生たちの無言の作品300点余りを展示している。

館山市には戦時中、首都防衛のため館山海軍航空隊や砲術学校が置かれていた。実行委員会は「軍都」とも呼ばれた同市で、平和に生きることの大切さを考えてもらおうと講演会などを計画した。

窪島館主は東京都出身で、印刷工や店員などを経て作家になった。1995年、戦争で美術学校の仲間を失った画家野見山暁治さんとともに全国の戦没画学生の遺族を訪ねて遺作を譲り受け、97年に無言館を設立。著書には実父の作家水上勉さんとの再会をつづった「父への手紙」(筑摩書房)などがある。

演題は「無言館からのメッセージ」で、10日午後5時半に開演。チケット(500円)は南総文化ホールで販売している。 (福原康哲)

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東京新聞サイトはこちら。

09年7月5日 3,768

◎平和の尊さ語り継ごう

…館山11日に反核フェスティバル

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核兵器の開発・拡散に反対し、平和の大切さを考える「安房反核フェスティバル」(同実行委員など主催、館山市、房日新聞社など後援)が11日午前10時から午後5時まで、館山市コミュニティセンターで開かれる。

行事の一環として、原爆の非人道性と被害の悲惨さを分かりやすく説明した写真パネル展示が1日かた館山駅の市民ギャラリーで始まった。14日まで。

同フェスティバルは、今年で29回目。11日は広島市民が原爆の記憶を描いた絵などを展示するほか、戦中戦後の厳しい食糧事情を再現した「すいとん食堂」で、さつまいものつるのきんぴら、大根めしなどを食べてもらう。

午後2時からは、安房文化遺産フォーラムの愛沢伸雄代表が「安房の戦跡から平和を考える」とのテーマで講演する。

実行委員長の古畑玲子さんは「今年は『すいとん食道』に力を入れている。食べながら語り合うことで、当たり前の生活ができる幸せ、戦争のない世の中の大切さを確認できれば」と話している。

09年7月3日 2,908

◎館山の戦跡、史跡の保存活用を評価

…功績認められ和島誠一賞

…NPO安房文化遺産フォーラム

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09年7月2日 2,889

◎旧軍都で語る「いのち」

…7月10日文化ホール「無言館」館主が講演会

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生を断ち切られるまでキャンパスに向かい続けた戦没画学生たちの作品を収蔵・展示する長野県上田市にある美術館「無言館」の窪島誠一郎館主を迎えての後援会が7月10日、館山市の県南総文化ホール小ホールで開催される。かつて軍都であった館山の地で、画学生たちがいまに残すいのちの叫びを窪島誠一郎館主が語る。入場500円で午後6時から。

無言館は、信濃デッサン館を主催する窪島さんが、戦時中に東京美術学校を繰り上げ卒業して満州に出征し、病のために復員した画家の野見山暁治さんと全国行脚して当時の画学生たちの遺作を収集。全国から寄せられた篤志をもとに平成9年、デッサン館に隣接して開館した。以来、異色の美術館として脚光を浴び、年間10万人を超える入館者を集めている。

講演会は、同館を訪ねた地元の画家・溝口七生さんや、溝口さんと一緒になって平和のための美術展を開いてきた年金者組合安房支部長の橋本芳久さん、地域の戦争遺跡保存に取り組むNPO代表の愛沢伸雄さんらが、「その感動を伝えたい」と実行委員会を組織して企画。地域の文化人やあらゆる団体に呼びかけ、多忙な窪島館長との日程調整を経て実現にこぎつけた。

館山市には戦時中、館山海軍航空隊のほか洲崎海軍航空隊、館山海軍砲術学校の3部隊があり、学徒出陣で多くの予備学生も集められた。当然、少なからずの画学生たちもおり、現に何人かの作品が無言館に展示されている。

「その館山の地で平和にいまを生きる私たちはどう受け止めるべきか考えてみたい。それが、彼らへ捧げるレクイエム(鎮魂歌)になるのではないでしょうか」と実行委は多くの来場を呼びかけている。入場チケットは南総文化ホールで扱っている。問い合わせは、事務局の橋本さん(0470―29―1290)へ。

【写真説明】無言館の窪島誠一郎館主

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来場者の感想はこちら

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房日サイトはこちら。

09年6月30日 3,095

◎館山のNPO「和島誠一賞」受賞

…戦争遺跡、城跡の保存評価

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館山市のNPO法人「安房文化遺産フォーラム」(愛沢伸雄代表)が、文化財保護に功績のあった個人・団体に贈られる「第10回和島誠一賞」を受賞した。館山市の赤山地下壕をはじめとする戦争遺跡や里見氏稲村城跡などの保存と、その歴史的意義の普及に取り組んだ活動が高く評価された。

この賞は、文化財保護思想の普及に努め、神奈川県三殿台遺跡などの遺跡保存に取り組んだ考古学者・和島誠一(1909〜71)の功績をたたえ、文化財保存全国協議会(事務局・大阪市)が2000年に設立した。

同NPOは、安房地域の戦争遺跡の調査・保存などに取り組む市民有志らが設立母体で、その活動は1989年から続いている。

昭和戦争中に「海軍のまち」といわれた館山市の歴史を掘り起こして、平和学習への活用を進めたほか、96年には里見氏稲村城跡の保存運動に取り組み、1万人を超える署名を集めて、当初城跡の上に計画されていた市道建設ルートの変更を実現させた。

愛沢代表は「地域のシンボル的な里見氏の文化遺産を守れなければ、戦争遺跡などの保存もあり得ないと思い、2つの保存運動を並行して進めてきた。市民がつくりあげたものが評価されたのだと思う」と受賞の喜びを語った。

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09年6月24日 3,998

●和島誠一賞、安房文化遺産フォーラムが受賞

●文化財保護の功績を評価


文化財保存全国協議会(事務局・大阪市)が設立し、文化財保護に功績のあった個人・団体に授与される「和島誠一賞」の第10回受賞者に館山市のNPO法人安房文化遺産フォーラム(愛沢伸雄代表)が選ばれ、14日に京都市の同志社大学で授賞式が行われた。

全国協議会は、同フォーラムがこれまで手掛けた館山市の赤山地下壕をはじめとする戦争遺跡、里見氏稲村城跡などの保存・活用運動を高く評価。「市民に広く文化遺産の歴史的意義の普及をはかられたこと」を「顕著な功績」とたたえた。

愛沢代表は「われわれの活動だけでなく、安房地域の市民がつくり上げたものを全国が評価してくれたのだと思う。これまでの多くの方々の集会参加、署名の取り組みに感謝している」と喜びを語った。

同フォーラムの設立母体は、1989年に安房地域の戦争遺跡の調査、保存を目的に活動をスタート。太平洋戦争中「海軍のまち」だった館山市の当時の歴史掘り起こしに尽力したほか、戦争遺跡を保存し平和学習に活用する取り組みを進めてきた。

96年には里見氏稲村城跡の保存運動に乗り出し、地域住民との現地ハイクを繰り返すなど粘り強い活動を展開。城跡の上に計画された市道建設ルートの変更を勝ち取るなどの実績を挙げた。

和島誠一賞は、文化財保護思想の普及を広く提唱し、神奈川県三殿台遺跡などの遺跡保存を積極的に進めた考古学者、故和島誠一氏を記念し2000年に設立。これまで長岡京東院の保存運動に尽力した作家の永井路子さん、国立歴史民俗博物館館長を務めた故・佐原真氏、長野県の「松代大本営の保存をすすめる会」などが受賞した。


【写真説明】表彰状を手にする愛沢伸雄代表(右)と池田恵美子事務局長


※和島誠一賞の詳細はこちら。

※読売新聞掲載記事はこちら。

※房日サイトの記事紹介はこちら。

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●愛沢代表の受賞挨拶はこちら●

09年6月19日 4,414

布良の神輿、改修披露

担ぎ手40人が助っ人に

(房日新聞2009.6.16)

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09年6月16日 278

◎南房の愛好者ら呼びかけ

戦没画学生の情報寄せて

…来月10日「無言館」館主講演会

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南房総地方の美術愛好家らが、県にゆかりのある戦没画学生の情報提供を呼びかけている。地元の理解を得るために7月10日、戦没画学生の作品を収蔵・展示する、長野県上田市の美術館「無言館」館主窪島誠一郎さん(68)を招き、講演会を行う。(福島五夫)

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きっかけは、館山市に住む年金者組合安房支部長の橋本芳久さん(78)が、無言館を訪れたことだった。自らも絵を描き、知人と美術展を開催している橋本さんは、戦争のために志を果たせなかった才能豊かな画学生たちの作品群に触れ、「生と死のはざまで描かれた作品に心を揺さぶられた」と話す。

その感動を伝えたいと、橋本さんは仲間に呼びかけ、窪島さんの講演会のための実行委員会(溝口七生委員長)を立ち上げ、自ら事務局長を買って出た。

無言館には、県内ゆかりのある戦没画学生たちの作品や遺品もあった。

県内には、首都圏防衛の拠点として、旧陸軍や旧海軍の基地が集まっていた。とくに館山市には、館山・洲ノ埼両海軍航空隊、館山海軍砲術学校があり、戦時中、戦力不足を補うために繰り上げ卒業で全国から学徒出陣の予備学生などが集められていた。

興梠(こうろぎ)武さんもその一人。木更津市で生まれ、東京美重術学校(現東京芸大)油画科の藤島武二教室で級長を務めていた。興梠さんは、館山海軍航空隊を経てフィリピンで戦死した。28歳だった。無言館に展示されている「編みものする婦人」のモデルは妹。この絵を引き取った時にはひどく傷んでいたという。

「天女の像」の作者・小柏太郎さんは、同美術学校・鋳金科を繰り上げ卒業し、館山海軍砲術学校に入学、フィリピンに配属されて戦死。26歳だった。

館山海軍砲術学校は、訓練の厳しさから「鬼の館砲」などと称され、最盛期は1万数千人の若者が集められた。たまに与えられた休日には気の合った者同士で地元農家などに分宿し、娑婆の空気を味わうこともあったという。

戦争遺跡などの保存・活用に取り組んでいるNPO法人安房文化遺産フォーラム代表で、講演会の賛同呼びかけ人の一人、愛沢伸雄さん(57)は「県ゆかりの千没画学生の優れた作品がまだたくさん、人知れず眠っているはずだ。死と隣り合わせで生きた戦時下の若者たちの素顔を今に伝える逸話なども含めて知らせてほしい」と呼びかけている。

窪島さんの講演会は7月10日午後6時から、館山市の南総文化ホール・小ホールで。500円。問合せは、橋本さん(0470-29-1290)へ。

09年6月9日 4,011

国土交通省より、

平成21年度「新たな公」による

コミュニティ創生モデル事業

に選定されました。

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【モデル事業名】 → *事業概要はこちら

漁村が誇る「3つのあ=vのまちづくり

=青木繁《海の幸》、「安房節」、アジのひらき=

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*【採択一覧】はこちら。

*【募集要項】はこちら。

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*房日新聞記事サイトはこちら。



国土交通省が全国の地域団体を対象に募集した「『新たな公』によるコミュニティ創生支援モデル事業」に、館山市のNPO法人「安房文化遺産フォーラム」(愛沢伸雄理事長)が提案した同市富崎地区でのまちづくりプロジェクトが新たに選ばれた。21年度は同省から事業費約250万円が交付される見通し。愛沢理事長は「地区の人々と協力し、富崎が持つ漁村集落としての文化遺産、食文化をフル活用して3年計画で地域の活力を高めていきたい」と語った。

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09年6月3日 4,650

●岡本太郎「大漁旗」の謎●.....寄稿=山口 正明

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○旗との出会い

「旗」を初めて見たのは、平成19年2月。館山市銀座通りのポピーホールで開催されていたNPO法人安房文化遺産フォーラムによる「まちかどミニ博物館」の会場だった。千葉県立安房水産高校からのものが出展されていた。

旗の大きさが畳1枚分はある。白地に描かれた若人の顔。その顔から火炎のように黒・赤・黄・青・緑の線が放射状に広がっていた。脇に縦書きで「TARO」とある。

TAROとは、あの「芸術は爆発だ」の岡本太郎かと思ったが、詳細は不明だった。

ちばDCキャンペーンの一環で開催されていた「まちかどミニ博物館」。もし岡本太郎デザインの本物の旗であったなら、新聞、テレビ等でその発見が紹介されてもよかったはずであったが、まったく騒がれなかった。

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○岡本太郎との安房水産高校

岡本太郎と安房水産高校を結びつけるものは皆目見当がつかない。

太郎本人はともかく、その父・岡本一平と安房とは無関係ではなかった。

アメリカ・カリフォルニア州ポイントロボスでアメリカ人とともにアワビ缶詰工場を経営していた小谷仲治郎。兄・源之助はアメリカに残ったが、仲治郎は明治40年に千倉町千田(南房総市)に戻った。

大正の頃、仲治郎宅に岡本太郎の父であり、朝日新聞の記者であった一平が取材のため訪ねたことがあった。当時、千田漁業協同組合の組合長であった仲治郎の誘いに応じて、一平は千田港で器械式潜水体験をしている。

仲治郎には、関東大地震で倒壊した安房水産学校の再建に尽力した功績があった。「旗」は、その関係かとも思ったが、80年ほど前の話であり、それでは年代が古すぎる。

他に考えられる理由として

@ 1973年(昭43)開催の第28回国民体育大会で館山湾がヨット会場になった際、寄贈された。

A 1990年(平2)、千葉県の試験船「第14代千潮丸」竣工記念に寄贈された。

B 2001年(平13)に起きた、愛媛県宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」と米原潜との接触事故を悼んで全国の水産高校に寄贈された。

と3点を想定してみた。

まず、@については、当時の大会記念誌をくまなく見たが、その旗は写っていなかった。また30年前の大会にしては、旗が新しいようだ。

AとBについても皆目、見当がつかない。

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○旗は本物か

ならば、なぜ安房水産高校にその旗はあったのか。謎は深まった。

川崎市多摩区にある「川崎市岡本太郎美術館」に照会してみた。結論から言えば、旗は本物かもしれないし違うかもしれないという曖昧な内容であった。「美術館」には同様の「旗」が1枚収蔵されている。収蔵庫に保管されていて一般公開されていないが、その記録は、「記号番号:G-113。資料名:大漁旗。特記事項:1990年」となっている。

岡本太郎の作品は、1993年と1995年の2回にわたり1800点が太郎自身から美術館に寄贈されているとのことで、旗はおそらくその中にあったものではないか。大漁旗のもと絵は、1981年製作の石版画(リトグラフ)であり、題名は「太陽」となっている。

太郎の自宅でもあった東京青山の「岡本太郎記念館」には複数の「大漁旗」があったという。美術館としては、美術館以外で旗の存在についての問い合わせは初めてとのことであった。

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○旗の謎

昨春、安房水産高校は館山高校と統合し、館山総合高校となった。

海の息吹、若い躍動感を感じさせる「大漁旗」がなぜ、水産高校にあったのかは今も謎のままである。大切に所蔵していくことを願っている。

09年5月28日 3,031

特定非営利活動法人(NPO) 安房文化遺産フォーラム

旧称:南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム(2008年5月に現在の名称に変更)

〒294-0045 千葉県館山市北条1721-1

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