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ふくしかん旅行〜安房の文化遺産を巡る初冬の旅行

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18年11月18日 255

昨日お世話になりました。

特に赤山では丁寧なガイドにすっかり印象が変わり、

今まで何度となく訪れていた館山市が別の地域のように感じられました。

戦時下の誰もが極端に人権を奪われていた極限の時代に、

以前から少なからず興味がありました。

そして次にくるだろう本土決戦に備えて松代より着手が早かった防空壕が、

千葉県にあったと言うこともそれが封印されていたということが驚きでした。

もっと知りたい、知っているべき封印された事実を知りたいと思いました。


今日は市の男女共同参画推進員の会議があり、

以前「かにた婦人の村」については話してくれた友人と、

機会がありましたらゆっくりと館山市を訪れてみたいと話しました。

取り敢えず、お礼方々次の出会いを楽しみにしておりますことを、

お伝えしたかったです。ありがとうございました。

08年2月6日 1,645

梅雨の合間に見せる陽射しに初夏の眩しさを感じる今日この頃ですが、貴会皆様お元気でご活躍のこととお慶び申し上げます。

先日、私の所属しておる木更津市岩根公民館の活動サークル郷土史研究講座の移動研修で、館山市の戦跡見学に参加しました。

数々の戦争の傷跡をみて廻り、途中で出会った市内の小学生たちと丁度同年代にあの戦争体験を持つ一人として、非常に感慨深いものがらいました。

特に、見学コースにはなかったが、従軍慰安婦の碑≠ニそのいわれについて、一入の感慨を深くしたのです。というには、私はいまの居住区にあるシャンソンの会に入っておりまして、そこで知ったのが、三輪明宏さんの唄のなかにある「祖国と女達」(従軍慰安婦の唄)です。

この歌詞とガイド誌にあった従軍慰安婦の告白が共通するところがあり、この唄の訴えるものを更に強く心に感じたのです。この機関紙「トレ・ビアン」7月号にこの文を紹介し、三輪さんの唄を歌いたいと思うのです。

戦争の持つ惨酷さの一面を、平和のなかで少しのんびりしすぎた日本人の心に訴えたい、平和の願いを…。僅か20〜30人位の人達の集いですが、機会を持ちたいと思っております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

06年6月21日 1,659

拝啓

錦秋の候、益々ご清栄のこととお喜び申し上げます。

過日は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。

歯切れの良く、解り易い座学をして頂きまして勉強になりました。

最初は、座学より見学をしたいと思いましたが、間違っていました。

座学を受講して本当に良かったと思いましたのは、私ばかりでは有りませんでした。

又、雨の中、真面目に解説してくださったガイドさん、本当に有難う御座いました。

帰りのバスの中、『赤い鯨と白い蛇』が茂原で上映されましたら、茂原法人会へ今年推薦の映画にして、貸切観賞会を行なって貰いたいと思います。そして、皆で「見に行こう」と話し合っていました。


私は子供の時(4〜5歳)に満州から引き揚げてまいりましたが、実戦争体験はありません。

多くの犠牲者のお陰で今の平和が有るとの事の再認識と、今でも戦争の傷を引きずっている人達が居る事を忘れてはいけないと心が痛みました。

貴重な体験をさせて頂き、有難う御座いました。

参加の皆さんも、又今回参加出来なかった皆さんから、次回もこの様な企画をして下さいとの要望もあり、その際はまたよろしくお願いいたします。

甚だ整いませんが、お礼の言葉とさせていただきます。敬具

07年9月30日 1,669

平安をお祈りいたします。

以前に教会の研修で館山に行った時、かにた婦人の村に地下壕があることを知りました。教会員で、かにた婦人の村に実習で学生を送っている大学教師の秋山胖(あきやまゆたか)さんが教えてくれました。

ていねいにご案内と学びの時を準備してくださってありがとうございました。集まった青年たちも働いている人が多く、事前学習会などを持てませんでした。その意味でも、座学は参加した一人一人にいろいろなことを思い出させ、これからの歩みの方向によき指針となったのではないかと思います。そして、実際に戦争をし、その備え(本土防衛、地上戦)の跡を見て、教えられ、考えることが、私にも、そして参加者にも多い時でした。

深津文雄牧師の志したことが今も生きていること、それが今もなくならないことの罪深さなどに思い至りました。

慰安婦の碑では、深津先生のご長女が仕事を中断して、後方のゲストハウスを案内してくださいました。ゲストハウスができたいきさつ、キリシタン禁制の札等々。

私個人としては、沖縄、松代、今回の館山と、地下壕は三回目になります。沖縄の人たちがなぜ地下壕に逃げなければならなかったのか、この3つの地下壕を見て、体験する時、よく分かってくるように思います。ガイドしてくださった方々にも、よろしくお伝えください。

なお、座学の時にベンポスタのお話がありましたが、私が見たビデオは「ベンポスタ共和国」―青池憲司監督、恒松龍兵さん(市川市国分在住)がカメラ撮影をした作品です。龍兵さんのお父様、恭助さんは「ちろりん村とくるみの木」の原作者で、館山の兵役につかれた方です。「礼拝と音楽」というキリスト教の小さな冊子(1995年)には、恒松龍兵さんがベンポスタについて書いています。コピーを同封しますので、参考にしてください。

長々と書いてしまいました。これからもお働きが地域のよき発信となり、一人一人が今生きていることの意味と、生きる方向性を示すことができていきますよう、祝福を祈ります。感謝まで。敬具

06年6月17日 1,671

貴重な学びの場≠ありがとうございました。戦跡=過去を知る≠ニいう単純な認識は取り払われ、世界への発信地≠ニいう大きな希望と勇気を与えていただきました。愛沢先生をはじめ、皆さんのお力は大きいですね。

桜ふぶきがいざやいざや≠ニ招いてくれます。昨日は25名で宴を楽しみました。今朝、同じ講演に立ち寄りましたところ、ご近所の方から

「館山の戦跡へ行きたいがどう連絡をとったらよいか」

と尋ねられました。早朝、夫と散歩をするとき、「九条のひろば」通信を会員外の方に配布したので、もうご覧になったようでした。

9条世界会議も目前に迫りました。地元としましては、当日の案内役など引き受け、実行委員会も忙しくなっています。

機会ありましたら、またお目にかかりたいと思っています。

08年3月22日 1,699

先日は大変お世話になりました。勉強交流会も食事時間を忘れるほどに、

熱意あふれるお話や豊富な経験を聞かせていただき有難うございました。

皆さんの情熱にはとても及びませんが、行政との交渉、運動へ巻き込み方など、

原則はしっかり持ちながら柔軟に対応されている様子など、

私たちはとかく行政追求型の運動になりがちですので、とても参考になりました。

また翌日には三平さんにはさまざまなご説明や、お世話になり、足の悪いものがおりましたので、

山の上まで車でいってもらうなどのご配慮や、赤山地下壕はもとより、

射撃練習場、掩体壕、米軍上陸地点、従軍慰安婦の碑、128高地の地下壕、四面石塔まで案内いただき、

多面的な戦争遺跡、世界につながる歴史的な遺跡を見せていただき、十分に満足して帰ってきました。

「ウミホタル」CDも早速拝聴し、ちいさな命さえ無意味に殺してしまう戦争の悲惨さを見事に表現され、

コンサートにまで積み上げひろげておられる運動に感動しました。

愛沢理事長の労作論文集も読ませていただきとても素晴らしい運動への指針を与えられた思いです。

まずは散り急ぎ御礼までにて、皆様の更なるご活躍をお祈りします。

これを機会に、またいろいろとご教授ご交流をお願いいたします。

06年7月15日 1,700

ようやく夏の陽ざしが照りつけるようになりました。

先日は、貴重な一日を過ごさせていただき、ありがとうございました。参加者の殆どが、初めて経験させていただき、大きな感銘を受けました。

そして、保存活用の為に、多くの方はお力を注いでいらっしゃることも、改めて知ることができました。

私どもも平和な社会をねがい、足もとの家庭を良くすることから…と活動をしている団体ですが、今回学ばせていただいた「共生・交流・平和」のメッセージを、家族や友人や地域に伝えてゆきたいと思っています。

遅くなりましたが、皆様の活動に、私たちの気持ちをお伝えできたらと話し合いました。ささやかですが、私たちの気持ちを贈らせていただきます。これからも、皆様、お体にお気をつけてご活躍下さいませ。

06年6月26日 1,707

戦跡めぐりの旅では大変お世話になりました。この旅は、私にとっても、過去と現在、そして未来へとのつながりを紡ぐ大切な旅となりました。本当に有難う御座いました。

NPO法人の大切な建物の白いペンキ代にはまだまだ足りないと思いますが、カンパを同封します。お役に立てれば幸いです。草々


■「文学に読む韓国現代史」第7号(2007.2.1)寄稿

二年前に立ち上げられた中野の憲法九条の会は、バラエティに富んだ活動をしている。その催しの一つとして、戦跡めぐりの旅行が1泊2日の予定で計画された。

千葉の南房総館山をめぐる旅に17名が参加した。私達を案内して下さったのは、NPO法人南房総文化財・戦跡保存活用フォーラムの方々で、見学はABCDの四種類があり、私達が見学したのはAコースであった。

館山海軍航空隊「赤山」地下壕跡、館山海軍航空隊戦闘機用掩体壕、洲ノ埼海軍航空隊射撃場跡、1945年9月3日アメリカ軍が上陸した海岸地点等々を観て廻った。

これらの戦跡をめぐる中で、私の気持ちは暗く、深い沼の奥底に沈んでいくようであった。戦争が終わり、62年の歳月が経過したが、その傷跡は無惨に残ったまま今も叫び続けている。

とりわけ、それらを痛感させられたのは、かにた婦人の村にあった。1965年に、それまで赤線で働いていて、社会から見捨てられた女性を一生暮らせる保護施設として、深津文雄という牧師が設立した。その中の一人の寮生が、1984年に自らの従軍慰安婦体験を告白し、施設内の小高い丘に「噫従軍慰安婦」と刻まれた石碑が、天に向かって怒を突き刺すような型で建っている。

映画『赤い鯨と白い蛇』に出てくる軍の壕跡は、このかにた村の敷地内にある。天井に3メートル四方にわたってコンクリートで制作された龍のレリーフがあるが、本土決戦を前にして龍がどんな意図で作られたのかは謎として残っていた。

ユン・ジュンオクという韓国挺身隊問題対策協議会の代表が、1980年より北海道、沖縄、タイ、ラバウルの朝鮮人慰安婦の足跡を訪ね、1988年8月来日の際にこの石碑を訪れて、その後韓国KBSテレビによるドキュメンタリー番組「太平洋の魂-従軍慰安婦」の制作となり、韓国内に大きな世論を巻き起こした。

戦争責任をあいまいにして半世紀以上が過ぎ、権力者は新たに憲法を改悪し、アメリカと一緒に戦争が出来る国作りを狙っているが、日本国民は愚かではないと信じている。

06年11月18日 1,709

このたびは、色々と有難うございました。

赤山地下壕のことを同じ千葉県内に住んでいる参加者でも知らなかった方がおられましたが、

皆様貴重な戦争遺跡を見ることができ、大変喜んでおられました。

またガイドの金久様の案内も大変わかり易く、より地下壕のことを知ることができました。

金久様にも何卒、よろしくお伝えください。


今後機会があれば、東京や神奈川などに住んでいる方々を対象に、

バスを利用して見学できればと考えております。

その時には、赤山地下壕だけでなく、他の遺跡も拝見できればと考えております。

その際には、改めてご相談させて頂き、アドバイスを頂ければ、幸甚に存じます。

今後とも何卒、よろしくお願い申し上げます。

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06年11月22日 1,710

特定非営利活動法人(NPO) 安房文化遺産フォーラム

旧称:南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム(2008年5月に現在の名称に変更)

〒294-0036 千葉県館山市館山1016-1さらしな館

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