お知らせ » 新着記事一覧
表示順: 新着順 掲載順 ランダム

この間はありがとうございました。

お礼状も差し上げずにいましたら、急に

次のお願いをする羽目になってしまい、メールいたします。


館山から帰りまして、頭の中は布良、相の浜のことでいっぱい。

会う人ごとにお話しておりましたら、6月にツアーをやりたいが、

紹介してもらえないか・・と言われてしまいました。

私の親しい友人で 仕事仲間です。

直接、連絡させますので、よろしくお願いいたします。

09年3月19日 6,286

戦跡めぐりの旅では大変お世話になりました。この旅は、私にとっても、過去と現在、そして未来へとのつながりを紡ぐ大切な旅となりました。本当に有難う御座いました。

NPO法人の大切な建物の白いペンキ代にはまだまだ足りないと思いますが、カンパを同封します。お役に立てれば幸いです。草々


■「文学に読む韓国現代史」第7号(2007.2.1)寄稿

二年前に立ち上げられた中野の憲法九条の会は、バラエティに富んだ活動をしている。その催しの一つとして、戦跡めぐりの旅行が1泊2日の予定で計画された。

千葉の南房総館山をめぐる旅に17名が参加した。私達を案内して下さったのは、NPO法人南房総文化財・戦跡保存活用フォーラムの方々で、見学はABCDの四種類があり、私達が見学したのはAコースであった。

館山海軍航空隊「赤山」地下壕跡、館山海軍航空隊戦闘機用掩体壕、洲ノ埼海軍航空隊射撃場跡、1945年9月3日アメリカ軍が上陸した海岸地点等々を観て廻った。

これらの戦跡をめぐる中で、私の気持ちは暗く、深い沼の奥底に沈んでいくようであった。戦争が終わり、62年の歳月が経過したが、その傷跡は無惨に残ったまま今も叫び続けている。

とりわけ、それらを痛感させられたのは、かにた婦人の村にあった。1965年に、それまで赤線で働いていて、社会から見捨てられた女性を一生暮らせる保護施設として、深津文雄という牧師が設立した。その中の一人の寮生が、1984年に自らの従軍慰安婦体験を告白し、施設内の小高い丘に「噫従軍慰安婦」と刻まれた石碑が、天に向かって怒を突き刺すような型で建っている。

映画『赤い鯨と白い蛇』に出てくる軍の壕跡は、このかにた村の敷地内にある。天井に3メートル四方にわたってコンクリートで制作された龍のレリーフがあるが、本土決戦を前にして龍がどんな意図で作られたのかは謎として残っていた。

ユン・ジュンオクという韓国挺身隊問題対策協議会の代表が、1980年より北海道、沖縄、タイ、ラバウルの朝鮮人慰安婦の足跡を訪ね、1988年8月来日の際にこの石碑を訪れて、その後韓国KBSテレビによるドキュメンタリー番組「太平洋の魂-従軍慰安婦」の制作となり、韓国内に大きな世論を巻き起こした。

戦争責任をあいまいにして半世紀以上が過ぎ、権力者は新たに憲法を改悪し、アメリカと一緒に戦争が出来る国作りを狙っているが、日本国民は愚かではないと信じている。

06年11月18日 1,433

*ブログはこちら。


2008年6月1日日曜日に館山へバス見学に行きました。その報告と学生の感想を記載します。今回は、千葉県立安房博物館、館山海軍航空隊赤山地下壕、128高地戦闘指揮所地下壕、かにた婦人の村、大厳院四面石塔を訪問しました。また今回の見学会では、NPO法人 安房文化遺産フォーラム(愛沢伸雄・池田恵美子氏他)にガイドをしていただきました。

昨年完成した館山自動車道を使い、安房博物館に着きました。そこでは、ガイドをして下さるフォーラムの方々が大勢で出迎えてくれました。そして、フォーラムの概要や沿革、今日の日程などを説明していただきました。

最初の安房博物館では、素潜りや捕鯨などの漁業の道具や風習、実際に使われていた船などを中心に見学しました。また交流先のアメリカ合衆国カリフォルニア州モントレーに関連する展示物も見学しました。その中で英語で書かれた万祝いは他のと異彩を放ち目に留まりました。その後、ウミホタルの発光観察を行いました。テレビなどで見たことのある人もいましたが、ウミホタルが発光した瞬間には歓声が上がりました。

地元の食材をふんだんに使ったお弁当と鯵の唐揚げを海を眺めながら食べた後、本土決戦用地下壕に向かいました。ここでは一般的な地下壕と決戦用地下壕との違いが印象に残りました。防空壕はあくまでも市民の防衛のためであり、決戦用地下壕は軍部が使いました。そのため、壕内には発電所や電信室、病室などがあったそうです。

次に、128高地戦闘指揮所に向かいました。ここは敵上陸を阻止するための抵抗拠点の一つだと考えられています。中には「戦闘指揮所」や「作戦室」の看板がありました。また、ある小部屋の天井には龍が彫られていました。龍のひげが垂れているのを発見し、そこから龍と判明したとのことですが、よくあの暗い中見つけたもんだと感心しました。

かにた夫人の村では、従軍慰安婦の碑と教会を見学しました。慰安婦の辛い過去を聞いた時には、今までの従軍慰安婦に対する考え方が一変しました。そして、この施設の建設・運営に尽力した人々の理念や行動力には頭が下がる想いでした。

最後の四面石塔は、東西南北にハングル、篆字、漢字、梵字で「南無阿弥陀仏」と書かれている石塔のことです。このような石塔は、日本に二つしかなく、大変珍しいものです。しかし、建立された理由はいまだ不明で、何のために作られたか話題になりました。

今回の見学会では、各々が様々な事を学ぶことができたと思います。そんな中私は、文化を残し公開することの大切さを学びました。今回の訪問先のいくつかは、「館山の観光イメージにふさわしくない」という理由で、取り上げられにくいとのことでした。このような埋没しやすく、しかし大切な文化を残してアピールされているのが、今回お世話になったフォーラムの方々です。我々房総地域文化研究プロジェクトも千葉の文化を研究する者として、見習うべきだと考えさせられました。

08年6月1日 1,945

素晴らしいツアーでした

微妙なリアルさの狭間を歩み

奥行きの深い中に

さまざまな手法を持ち


愛沢さんと池田さんの名コンビが

市を動かし

観光ホテルまでを味方につけての

したたかさ


それでいて自分を売っている風もなく

自らを最大限活かし

生き生きと活動している様は

見ていて気持良く

元気を頂く事が出来ました


しかも小沢さんたち

あわがいどさんの誇りは

NPOによって町の人の魂が揺れ動かされはじめている

なによりのごちそうでした


そして地下壕で聞く

♪うみほたる

時空を超え圧巻


どうもありがとうございました!!!

違う仲間を連れてお伺いいたします


♪合唱

06年7月2日 1,554

年末のお忙しい時期,また,荒天の厳しい中,安房科学塾の参加者のために「館山の戦跡」案内をしていただき,とても感謝しています。ありがとうございました。お礼が遅くなり,申し訳ございません。

愛沢さんや池田さんからお話を伺い,胸が熱くなるとともにたまらない衝撃をうけました。できるだけ多くの方々に伝えなければと思い,まずは知人にメールで連絡しております。

[ .. 全文表示へ ]

04年12月29日 1,904

・ 今回は参加者全員で昼食できたのが大変良かった。

[ .. 全文表示へ ]

13年11月10日 7,340

5月28日は大変お世話になり、ありがとうございました。

貴重なお話や「逆さ日本地図」は、本当にそのとおりですね。

今の日本の人たちは「戦争の事実」を殆ど知らされていません。

戦争をねじ曲げようとする力に負けないよう、

ひとりでも多くの方々にNPOの皆さんのお話や

「房総の戦跡」を見学してもらい真実を知ってほしい。

そしてこれを機会に一人でも多くの方々に

「憲法九条」の大切さを知ってもらいたいですね。

私達もNPOのお2人のお話を伝えていきたいと思います。

本当にありがとうございました。

05年5月28日 1,622

7月に実施するリーダー研修で「館山の戦跡めぐりを入れてみたい」という生徒の希望があり、その下見で館山へ出かけました。NPO法人南房総文化財・戦跡保存活用フォーラムがお世話をして下さいます。

待ち合わせのたてやま夕日海岸ホテルは、館山北条海岸沿いにあり、おまけに真夏日となったので、海を見ているのはとても気持ちが良かったです。

「これまで何校もの高校がこちらの平和学習に来られましたが、生徒さんが下見に来たのは初めてです」とNPOの池田さんは感激していました。「生徒から行ってみたいと乗り気だったんだもの」と思い、「袖高生は意識が高いなあ」とも心の中で思いました。

30分ほどの講義がありました。日本地図を逆さにして千葉県を見ると、そこは太平洋側に突き出ており、古代から支配権力が関わってきた場所であることや、黒潮の影響もあり、実は他のアジア諸国の玄関口になっていたこと、沖ノ島という無人島にはアジアからのゴミが流れ着くこと、第二次大戦では首都東京を守る大切な場所であったため、館山には砲台跡や海軍航空隊跡などの戦争遺跡が今でも数多く残っていること。第二の沖縄戦を想定し7万人の兵士が配備されたことなど。当時、近くの中学・高校生はウミホタルを採集し、軍部はそれを粉末にし、唾液や尿で発光させ、ウミホタル照明爆弾で敵の艦船に当てて発光させ、命中しやすくするのです。現在、南房総は花の栽培がさかんですが、食糧が不足した戦前・戦中は、花の栽培をする者は非国民扱いされました。


NPO法人のメンバー、優しそうなご夫婦で、海上自衛隊周辺、沖ノ島、米軍が本州で唯一上陸した場所、赤山地下壕などを、ゆっくり丁寧に説明をしてくださいました。

そのほとんどが軍事施設でしたので、地上戦を行い、多くの犠牲者を出した沖縄とは違った印象がありました。住宅地に突然現れたゼロ戦を1機ずつ隠した掩体壕や、立派な射撃場を1つ1つ見て歩き、「あの時代、同じ労力と時間をもっと別のものに使っていたら、日本は、いや世界は大きく変わっていただろう。そして人の心も変わっていたのだろう」と思いました。ガイドの奥さんは「戦争はお金がかけられています。今、イラクにかけている金額を食糧難に悩む国にかけることができれば、何人の命が救えるのでしょう」とおっしゃいました。

生まれて初めて、NPO法人の活動に触れました。NPO、よく耳にする名称ですが、そこでどんな人がどんな形で活動をしているのか、ほんのちょっと理解ができたような気がします。

ガイドのご主人は、「私は自分の思想に片寄らず、とにかく事実を正確に伝えることを心がけています。まだこの戦跡にはわからないことがたくさんあります」と言っていました。

池田さんは「もともと安房の出身。東京で働き、20年ぶりに戻ってきました。もともと社会教育に興味がありました。NPO活動を通して、地域に誇りを持てる若者を育て、彼らが夢と希望を抱いて働ける雇用の機会を提供したいのです」と言っていました。

働き方とか、夢の持ち方とか、やりがいっていうのは、いろいろな形があるものだ。まだまだ知らない世界がたくさんあるもんだなあ、と改めて思いました。

またまた新しいことを知り、ちょっと得をした気分になり、帰ってきました。

06年6月25日 1,472

先日開催いたしました当組合支部の反戦・平和学習会では、

お忙しい中、私どものために貴重なお時間を割いていただき

大変ありがとうございました。

幸運にも参加できた組合員は非常に有意義な学習会であったと満足しておりました。

また参加できなかった組合員の中にも是非とも次回は参加したいと申す者までおりました。

何れに致しましても今後も引き続きこのような活動を実施する予定ですので、

その折にはよろしくお願いいたします。

最後になりましたが、バスに同行していただきましたガイドの方

(お名前がわからず申し訳ありません)にも何卒よろしくお伝えくださいますよう、

重ね重ねお願いいたします。

以上、まずは取り急ぎ御礼まで。

07年11月17日 1,530

特定非営利活動法人(NPO) 安房文化遺産フォーラム

旧称:南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム(2008年5月に現在の名称に変更)

〒294-0036 千葉県館山市館山1016-1さらしな館

Copyright (C) 2007 bunka-isan.awa.jp All Rights Reserved