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タイトル:逆さ地図の発想で育む交流文化と地域づくり=『創年のススメ』
掲載日時:%2009年%06月%09日(%PM) %18時%Jun分
アドレス:http://bunka-isan.awa.jp/About/item.php?iid=384

逆さ地図の発想で育む交流文化と地域づくり……執筆:池田恵美子

・・*『創年のススメ』に収録



■はじめに

「環日本海諸国図」という逆さ地図を見てみると、日本列島は「へ」の字型に太平洋に突出していることが分かります。南北が逆になったとき、私たちの暮らす房総半島南端部の館山は、山型になった列島の頂点に位置し、太平洋に開かれた海上交通の戦略的な要衝とされた理由が推察できます。

いつもと視点を変えることで、新しい洞察や逆転の発想が生まれてきます。私たちの活動の原点は、負の遺産として放置されてきた戦争遺跡(以下「戦跡」)や戦国大名里見氏史跡などを活用した教育実践と、市民による保存運動にあります。これらの調査研究やガイド活動を中心に、南房総・安房の自然や歴史・文化を活用した生涯学習による地域づくりを目的として、2004年にNPO法人を設立しました。この活動は、地域に生きる誇りや喜びを蘇らせてくれたばかりではなく、この地を訪れる人びとにも波及し、新たな交流文化によるコミュニティ・ネットワークが広がっています。


■ 房総里見氏の歴史・文化を継承する

曲亭馬琴の描いた戯作『南総里見八犬伝』は全国的に有名ですが、そのモデルとなった実在の戦国大名里見氏が170年にわたって南房総・安房の地を治めていたことはあまり知られていません。里見氏は改易された大名ですから、地域でも語り継がれることはありませんでした。

『八犬伝』の舞台としても登場する里見氏稲村城跡は、公共道路計画により破壊されることになりました。稲村城跡は文化遺産として価値が高いという専門家の助言を受けて、私たち市民は保存運動を始めました。署名活動や議会への働きかけを行なうとともに、草やヤブを刈ってウォーキングコースを整備し、里見氏研究の講演会やシンポジウム、ガイド解説つきの文化財ポイントラリー、里見氏ゆかりの古道ウォーキングなどに取り組んできました。10年間にわたる地道な市民運動は実り、道路計画が変更され、稲村城跡はまもられることになりました。念願の国指定史跡に向けて、市では調査検討委員会も始まりました。

現在、「八犬伝のふるさと・里見のまち」というキャッチフレーズで、里見氏史跡や『八犬伝』ゆかりの地をめぐるガイドツアーを企画したり、市民の手づくり甲冑愛好会なども生まれています。また、里見氏発祥の群馬県高崎市榛名や移封された鳥取県倉吉市などの市民との、里見交流会や里見サミットなどを行なっています。


■戦争遺跡を平和学習の教材に活かす

古代より海上交通の要衝であった館山は、アジア太平洋戦争において「東京湾要塞」として重要な軍事拠点でした。とくに戦争末期には、本土決戦に備えて約7万人の兵士が投入されて軍事強化され、終戦直後には米占領軍が上陸し、本土で唯一「4日間」の直接軍政が敷かれたのです。けれど、戦後の長きにわたって忘れ去られてきました。

戦跡に光を当て調査研究を始めたのは、高校の世界史教師であった当NPO理事長です。戦跡を教材とした授業の実践は歴教協を通じて報告され、全国から平和研修が来訪するようになりました。公民館の郷土史講座でも戦跡フィールドワークを行ない、熱心な受講生らが市民ガイドとして活躍するようになり、保存運動が始まりました。

観光地に戦争のイメージはマイナスという意見も多く、保存運動は安易には進展しませんでした。けれども、広島原爆ドームの世界遺産登録、文化庁が戦跡を近代文化財として認定という時代の流れがあり、15年の保存運動の末、2004年に「館山海軍航空隊赤山地下壕」が平和学習の拠点として一般公開されました。翌年には、市の指定文化財となり、多くの入壕者を迎えています。今や館山は、沖縄・長崎・広島・松代と並んで、平和学習旅行のブランドとなりつつあります。


■「地域まるごと博物館」構想の実現に向けて

逆さ地図に象徴される視点から地域を見直していくと、新しい地域像が浮かび上がってきます。戦跡や里見氏史跡ばかりでなく、日本で一番が隆起しているといわれる房総半島南部には、地球の成り立ちが学べる地層や海食洞穴などがあります。近代産業史をみても世界的な業績をのこした科学者や企業人を輩出しており、豊かな教育・文化を継承してきた地域であったことも分かってきました。形にのこる文化・自然遺産ばかりではなく、先人たちが築いた知恵や歴史そのものを知り、語り継ぐことを通して、心なごむ豊かな地域社会が創造できるのではないかと考え、一人ひとりの思いをつなぐ地域づくりを呼びかけてきました。この取組みとして、市民ガイドによる解説つきスタンプラリー形式で、市内10キロほどの自然・歴史文化遺産をめぐる里見ウォーキングを毎年続けています。

フランスから提唱されたエコミュージアムという概念があります。それは地域全体を「地域まるごと博物館」と見立てて、魅力的な自然遺産や文化遺産を再発見するとともに、市民が主役となって学習・研究・展示や保全活動を通じて、地域づくりに活かしていくという考えです。里見ウォーキングは、まさにこの理念のモデルコースといえます。今春発行した小冊子『たてやま再発見〜海とともに生きるまち』ではウォーキングルートを5つのエリアに分け、それぞれをフィールド博物館の展示室のようにテーマを設定したガイドブックとしました。

近代の産業振興と震災復興、転地療養と医療伝道が学べる「まちなかエリア」。「城山エリア」では房総里見氏と『八犬伝』の世界。戦跡が集中している「赤山エリア」では平和学習。歩いて渡れる「沖ノ島エリア」では自然環境学習。近代水産業と水産教育の発祥の地「北下台エリア」。それぞれの特性から浮かび上がってくる南房総・安房の新しい地域像は、先人たちの培った“平和・交流・共生”の理念です。戦乱や災害を乗り越え、新しいものを生み出してきた先人たちの姿は、現代社会で忘れられている大切なものを私たちに教えてくれるのです。私たちはここから、コミュニティの再生を願ってやみません。

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