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自己肯定観を育む教育を考える〜“郷土愛”は可能か

NPO法人安房文化遺産フォーラム 事務局長 池田恵美子

千葉歴史教育者協議会『なかま』2009年7月号


平成21年6月6日、日本社会科教員学会主催の春季大会が中央大学で開催されました。テーマはずばり、「“郷土愛”は可能か」。なんと刺激的なタイトルでしょう。戦前の“愛国教育”につながりかねないという危惧もありますが、敢えてこのテーマについて語り合おう!という深い討論会でした。

地域に根づいた教育実践の事例報告は3名。トップバッターは、当NPOの愛沢伸雄代表が「授業づくりから地域づくりへ〜市民が主役のまちづくり」について。2人目は北海道の厚岸小学校の野口泰秀先生が、地域特産の牡蠣を扱った授業実践と子どもたちの商店街活性化への参画について。3人目は群馬大学の山口幸男先生が、上毛カルタをはじめ群馬県内各地で盛んな地域カルタの実践例について。コメンテーターは、つくば大学の伊藤純郎先生と千葉大学の竹内裕一先生、司会進行は、西脇保幸先生と加藤公明先生。とてもエキサイティングで、本当にいい刺激をたくさんいただきました。ありがとうございました。

現代社会は、不安、不信、孤立、自信喪失、自傷、他傷などなどの問題が山積し、コミュニティの絆が薄れつつありますが、その要因は自己肯定観のなさに由来しているのではないでしょうか。子どものみならず、親や教育者をはじめすべての人を取り巻く多くの環境が、他人の評価によってしか自己を評価できない社会になってしまっているといっても過言ではありません。“郷土愛”とか“愛国教育”とか、その呼称はどうであれ、自らの存在する地域や国を愛することの根源は、自己肯定観を育めるかどうかにかかっているのではないでしょうか。

もともと学校外の教育を志していた私ですが、かつて金融業に勤務していたバブル期の経済界の価値観はすでに歪み始めていました。毎月の営業成績が人間の評価として判断されがちな社会で、得意先の売上にも協力することによって自分の売上も上げていくような、二重の苦しみがありました。そのなかで架空計上を積み上げ、自ら命を絶った営業マンがいました。私はその後任となり、残務処理に6年の歳月がかかりました。なぜなら、上司はその架空計上を公開しないことを選択し、私には有無の余地もなく隠匿の片棒を担がされたまま、架空計上を消化しつつ営業成績を積み上げなくてはなりませんでした。

私の実例を引くまでもなく、優秀な成績で一流企業に入社し、人生を誤ったエリートは珍しくありません。成績による評価を得るために、自分の信念を貫き通せない社会があっていいものでしょうか。これは、人が社会に出る以前の学校教育が成績主義に陥ったためと言わざるを得ません。私は、NOが言える教育、他人の評価によらない自己肯定観を育める教育を改めて志し、35歳で脱サラしました。そうして40歳で故郷の館山に戻り、「足もとの地域から世界を見る、そして自己を見つめ直す眼を養う」という愛沢教育の理念に共鳴して現在に至っています。

改めて我が故郷を学び直した時、「館山は捨てたもんじゃない」というのが正直な感想でした。戦争遺跡しかり、里見氏城跡しかり、「四面石塔」しかり、世界に誇れる歴史・文化遺産にあふれていて、それを守ろうと闘ってきた市民がいるということに驚いたものです。学校では学べなかった地域固有の自然・歴史・文化を学び、地域を誇りに思えた時、そこに生まれ育った自分自身をも誇れる自己肯定観が培われていました。

私自身、12歳の時にジュニアサマースクールでハワイに行く機会を得ました。保守的で窮屈な田舎を飛び出し、不安ながらも初めて親元を離れ、大自然に囲まれてハワイの自然や歴史・文化を学びました。何より衝撃的だったのが、ハワイ真珠湾攻撃でした。なぜ、日本はハワイを攻撃したのだろう。なぜ、人間は戦争をするのだろう。日本ってどういう国なんだろう。館山ってどういう街なんだろう。学校では学べない探究心が私のなかに芽生え、それが今の活動の原点のひとつになっています。

今、NPOに求められる「新たな公」とは、コミュニティの創生です。毎年、館山には約200団体のスタディツアーが来訪し、私たちは講演やガイドを提供しています。館山で体験したことは、たとえ今は理解できなくても、それは十分な種まきとなり、20年後か30年後、あるいは50年後に花開く可能性があることを、私は自身の体験から信じてやみません。館山で学んだことをヒントにして、それぞれの住む街で足もとを見つめ直し、自己肯定観を育み、NOが言える平和な社会を築いていってほしいと願っています。

09年7月18日 21,245

特定非営利活動法人(NPO) 安房文化遺産フォーラム

旧称:南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム(2008年5月に現在の名称に変更)

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